昨日の午後に訪問の看護師が、いつも通りに来てくれた。

 
玄関を入るなり「ごパンさん、庭に鹿がいますよ」
 
「えっ、鹿?」
 
看護師Sさんは今日からフェイスシールドを着用しての看護になる。
 
そのシールドの下から発せられた言葉に驚いた。
まさか鹿がいたなら、すぐに逃げるだろう。
 
Sさんの前を失礼して、玄関からSさんの指す方向を覗き込んでみた。
 
エアコンの室外機の前に仔鹿がうずくまっていた。
 
 
 
恐る恐る、近づいて写真を撮ってみた。
 
顔を上げ、小さな両耳を動かしている。
 
カワイイが病気か食べるものがなくなって、飢えて体力がなくなり動けなくなったのだろう。
 
野生動物は動けなくなると、他の獣に襲われるのを避けるために、人間の近くに避難すると聞いた事がある。
 
人間と近い距離に住む野生生物の本能の中に、そういう事があるのだろう。
 
もしかして病気なら人間に伝染する病だと、こちらが危険なので近づかない方がいい。
 
エサをあげて、体力が回復したら山に戻るかもしれないし、反対に餌付けに常習化してしまう事も考えられる。
 
とにかく自然のことは自然に任せるのが、いちはん良い。
 
訪問看護が終わるとSさんが「いなくなってますよ」という元気な声があった。
 
私も覗き込むといない。
 
確かに確認した。
 
訪問看護が終わった後に、不動産屋に行ってアパートの申込み書を書く約束になっていた。
 
約束の時間に間に合うように時間調整。
その前に不動産屋に電話して、これから出ると言ったら、少し遅れるます、という返事があった。
 
少し時間を潰して、外に出て車に乗ろうと思ったら、先程の仔鹿が元の場所にいた。
 
「そうか、戻って来たんだね」
 
そう声をかけようとしたが、あまりストレスを与えない方がいいだろうと思い返して、また写真を撮っただけにした。
 
 
 
 
どこに行っていたのかは分からないが、戻ってくるのは何かの理由があったんだろうなぁ、と思った。
 
ここで死なれると、4連休の只中なので市役所に連絡が取れないだろう。
 
生きている野生動物と死んだ生物の処理では、係が違う。
 
まだ生きているので捕獲という手段があるが、少しすれば体調が回復するかもしれないので、仔鹿を残して不動産屋に向かった。
 
ほんの20分ほどで記入が終わって帰る。
 
まったく、こんな事のために。
私の家に不動産屋が来て記入したので済むのに呼び出された。
 
この不動産屋の近くの国道で私鉄と交差する陸協の架替え工事があって、通行止めになっていた。
1年をかけて架替えをするそうだ。
 
その影響で近くの道はどこも混んでいた。
渋滞に、はまって普通の30分以上も多くかかってしまった。
高校がこの近くだったので、仲間がいた。
その時の勘とナビで抜け道を見つけ出して、きっと渋滞に比べて早く着いた方だろうと思った。
 
帰りにスーパーで一昨日買残したものを買って帰った。
 
すると、まだ仔鹿がいた。
 
 
 
あまり近づかないように家に入る。
 
夜になって気になっていたが、刺激しないようにした。
 
そして誰もいなくなった今朝。
 
仔鹿はいなくなっていた。
 
一安心した。
 
朝食の後で念のために家の周りに仔鹿がいないかと一回りした。
いなかった。
 
でも、家への上がり口の道路寄りにダンボールとそれを濡れないように被せられたビニールがあった。
 
すぐに隣に電話で聞いてみると、今朝家の軒下で死んでいたそうだ。
 
きっとあの仔鹿に違いない。
 
でも、もう近づかないでいよう。
 
心の中で合掌した。
 
短い命だったに違いない。