売上高2兆円を超え、日本の家電量販店業界では一人勝ちといわれるヤマダ電機。この企業の海外進出は、その企業規模からみると実にのんびりしているように見える。2010年末に中国瀋陽に初の海外店をオープンし、中国に3年で5店舗、売上高1,000億円を目標としている。SCやCVSを展開している他の小売業と比較すると、この目標はかなり控えめに映る。今後の成長戦略の重点施策の一つとして掲げながら、ヤマダ電機は何故このようなスピードで海外展開を図っているのであろうか? 中国の家電量販店のビジネス形態は、日本とは異なる。店内にメーカーが独立したコーナーを設け、メーカーが派遣する販売員が自社の商品だけを販売するのである。テレビやパソコンなど、カテゴリーごとに複数のメーカーの商品が陳列され、販売員に各社製品の機能や価格の違いを聞いて比較しながら購入商品を決めるのが当たり前になっている日本の「買い場」とは全く異なるのである。欲しい商品を比較するには、各メーカーのコーナーを回らなければならない中国の「売り場」は消費者にとって利便性が高いとはとてもいえないであろう。 このような環境下で、ラオックスを傘下に収めた中国家電量販店最大手の蘇寧電気集団は、日本流の販売方式を持ち込んで差異化を図ろうとしている。昨年末に南京に日本流の買い場を作り、蘇寧があまり扱っていないパソコン周辺機器などの品揃えを強化したラオックス1号店をオープンし、3年で30店、5年で150店展開する計画である。 日本の30~40年前と同じ状況にあるといわれる中国の家電マーケットは、成熟した日本マーケットで厳しい戦いを強いられている多くの日本企業にとって大きな成長機会といえる。ヤマダ電機の山田会長も、「今が(出店の)チャンスだ」と明言している。(BCNランキング 2011年8月5日)このような状況下では、スピーディーに多店舗展開を行い、マーケットを面で押さえるというのがこれまでの小売業界の定石であった。 しかし、ヤマダ電機はそのような戦略をとっていない。2007年から海外進出を検討し始め、2010年12月に瀋陽店を、11年6月に天津店をオープンし、今春には南京店をオープンさせる予定である。既にオープンした2店舗は、計画を上回るパフォーマンスを出しているということである。進出当初は試行錯誤を覚悟して慎重な計画を立てても、結果が出れば計画を上方修正しても良さそうなものである。しかし、3年で5店舗、1,000億円という目標は変えていない。ヤマダ電機は、なぜこのような戦略をとるのであろうか? これは、ヤマダ電機が目先の結果ではなく5年、10年という長期スパンで自社のグローバル化を考えているからだと思われる。そもそもサービスでの差異化を図るには、そのコアである人的資源をどのように考えるかで戦略が変わってくる。ヤマダ電機は、ヤマダ流のサービスを展開するために時間がかかっても日本でコア人材を育てようとしている。また、新興国マーケットでは現地の政府機関との関係をいかに構築するかがビジネス展開上重要な要素となる。 ヤマダ電機は、新興国にない日本の経営システムを持ち込むことで現地に迎え入れられる手法で海外展開を行う方針のようである。自社が持つ経営システムが現地にいかに有益かを理解してもらうには、やはり最初は時間がかかる。この軸をぶらさずにグローバル化を図るために、ヤマダ電機は長期的な視点で戦略を立てていると思われる。以下、同社の具体的な取り組みを紹介する。●理念や経営モデルを「日本語」で理解する 瀋陽店の出店に先立ち、ヤマダ電機は日本で100人の中国人留学生を採用した。前期、今期も各50人程度の留学生を採用している。その留学生に対し「創造と挑戦」、「感謝と信頼」に代表される企業理念の教育に始まりあらゆる教育カリキュラムを日本語で実施している。日本の文化の中で磨き上げてきた自社の理念や経営モデルをコア人材に理解してもらうには、言葉のニュアンスも含め「日本語」が最適という考え方である。昨今、社内公用語を英語にする企業も出てきているが、ヤマダ電機はその真逆をいっている。 コア人材とのビジネスコミュニケーションは日本語が公用語になっている。この人材が、現地で採用した人材に母国語でニュアンスまで含めて教育を行うことで、末端まで企業理念、ビジョンを浸透させているのである。こうすることで、オープン時の支援を除き、現地店舗は全て現地スタッフで運営するというのがヤマダ電機の方針となっている。 また、現地採用にも特色がある。現地採用は全て新卒採用で、業界で経験のある中途は採用していない。中途の方がビジネスを理解しており即戦力のように思われるが、中途半端に他社の文化を持ち込まれては全体のベクトルが統一できなくなるという考え方である。 ヤマダ電機の海外展開のもう一つの特徴が、経営システムを輸出することで現地に資するという考え方である。厳しい日本での戦いの中で磨き上げてきた物流システムや修理、サービス網、家電リサイクルの手法や廃家電処理システムなど、今後新興国で必要となるノウハウを提供することで現地に受け入れられる形で海外に進出していく方針のようである。 特に、リサイクルや廃家電の処理などは、新興国でも今後に向けて検討していかなければならない課題であろう。単に店舗展開をするだけでなく、日本で先行して作り上げたシステムごと海外に進出することで現地に受け入れてもらうため、ヤマダ電機は進出先の政府機関を招待して自社システムの説明を行っているようである。進出先で成功事例ができ、これが現地で広まれば展開のスピードも上がるが、それまでは個別対応が必要となる時間のかかる取り組みと言えよう。 何故、ヤマダ電機はこのような戦略をとっているのだろうか? 今期の業績は悪化するものの、業界で一人勝ちといわれるほどの売上と収益率を達成している企業の強者の戦略とも映る。また、これまでの経験から他社が市場をある程度教育してから進出することで、マーケットを一気に獲得できるという自信もあるのかもしれない。(ヤマダ電機が日本の家電量販業界でトップ10に入ったのは1997年である。そこからわずか5年で業界首位となり、その後は2位以下との差を広げている。) 一方では、2007年にメーカーからの派遣社員の問題や廃家電処理における協力業者の不正問題などで行政から指導を受けたという痛い経験から、企業のコアである人材育成を徹底しなければならないという考えに至ったのかもしれない。何れにせよ、海外展開ではこれまで同社が日本で培った企業文化と経営システムでエッジを効かせて競争に勝とうとしている。そのために、短期的な視点だけではなく、長期的な視点で物事を考えて戦略を立て実行しているように思える。 環境変化の激しいグローバルマーケットでの戦略を考える際、どうしても3年ぐらいのスパンでの収益性に意識が向きがちだが、コアヴァリューをどこに置くか、それを軸に長期的に戦っていくためにはどのような取り組みが必要かを考えることも重要である。 今後の海外戦略を考える際には、例えば10年先の“ありたい姿”を定義し、これを実現するための施策を考えるという視点も持つ必要があるだろう。但し、市場変化のスピードは速い。顧客も競合もどんどん変わる。そのような環境下で、市場変化のスピードを凌駕する付加価値を作ることができるかどうかがヤマダ電機の海外展開の成否を左右することになるであろう。 【井上 浩二】(ITmedia エグゼクティブ)
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