こんばんは。
天災に見舞われる
予期せぬ出来事に巻き込まれる
ご苦労をされている人たちに
せめて自分たちのできることで
何か役に立つことはないのだろうか・・・
そんな思いで
行動に移した人たちが
「逆に現地の人たちに励まされた」
「逆にエネルギーをもらって、自分も頑張ろうって思った」と
言葉にされることがあります。
表現してしまうと
こういう言い方になってしまうんでしょうが
わかるような
私には経験がないから
実感を伴わないような
事柄としてインタビューの映像を観ている、
そういう感じでした。
今、私は風邪のため
声がかすれて、良く出ません。
聞き苦しい状態です。
せき込むことがあって
手を止めなくてはならない時があります。
それ以外は
食欲はあり
熱はなく
日常生活は支障なく送れています。
電話越しに話を聴かせてもらうことがあります。
こんな体調ですから、本当に申し訳なく思います。
今の体調でできる最大限で対応せざるを得ません。
事情を説明して、聞き苦しいことを了承いただきます。
途中でせき込むこともあります。
声がかすれて伝わりにくい時もあります。
困りごとを抱えているのは電話の向こうの方。
なんとか解消したい問題を訴えているのは電話の向こうの方。
事情をわかってもらいたいから、一生懸命話す時に
邪魔をしてしまうのは、私の体調です。
イライラをぶつけてきてもいいでしょうに、
今日はやめておくと終了してしまってもいいでしょうに、
「大丈夫ですか?」に始まり、
彼らが私にとってよさそうな対処法を教えてくれたり、
身を案じで、あたたかくして、ゆっくり休むように、と言葉を添えます。
そして終了時間が来ると
「聴いてくださって、ありがとうございました」と言い残していきます。
「相手の方たちに励まされた」
「逆にエネルギーをもらって、自分も頑張ろうって思った」
これらとは表現違うんだけれど、
ここに込められた思いに近いかもしれないな?と感じました。
日常、あえて「感情」ということばを使って生活することはないけれど
言葉を介して、人が持つ「感情」が双方向に流れている感覚がありました。
思いやりかもしれない。
誠意かもしれない。
配慮かもしれない。
私が感じたのは、そうはっきりと表現できる言葉ではないのだけれど・・・・
細い細い糸を幾重にも束ねてつながっていて
電話の向こうの人たちと私がつながっていて
なにやらサラサラサラサラ~っと
往復して流れているような感じでした。
元気な時に寄り添う自分では
気づかなかったこと。
元気は集中力を維持するけれど
驕り
傲慢
優位性に
蓋をしてしまうということも気づけました。
私が
どんな人間になりたいのか
どんな生き方をしているのか
そういうことが
ごく平凡な日常生活に
知らず知らずのうちに
どれほど影響しているのか
考える時間だったようにも思えます。
私は
ただの
一人の
人間。
迷惑かけたり、かけられたり。
手助けしたり、手を貸してもらえたり。
弱音吐いたり、強がってみたり。
知恵や工夫
打算や要領
たくさん転がっています。
使うこともあるでしょう。
それらを取った時に
私には「これ」があります、と
出せるものを持ち続けなくてはね、と思いました。
ありがとう
それでは またね。