おはようございます。


コミュニケーションでは
話す人・聴く人双方が
相手が何を言おうとしているのか
想像力を発揮しないと
情報を共有することができません。


私は
お互いが
あなたが考えていることは
あなたが感じていることは
あなたが言おうとしていることは
あんな感じ?
こんな感じ?と
「照らし合わせる」と表現することがあります。


編集委員の芥川喜好さんが
読売新聞の「時の余白に」の中で
人類学者の香原志勢先生の著作「動作」を通して
思いを書かれていた一文です。


『他者への想像力を欠いた振る舞いを、先生は「野暮」と呼びました。』


広辞苑によると
野暮は
「世情に通ぜず人情の機微をわきまえないこと」の意味がありました。


世情
人情
機微


どれにも、人のこころがあります。
気持ちが映し出されます。
人の気持ちは十把一絡げにできるほど容易なものではありません。


誰かの真似事では、自分の言葉として表現できないですよね。
ありがとうひとつとってみても、
本当にありがたいのか、
ありがた迷惑なのか、
社交辞令なのか、
意味合いが違っています。


交流は不安と恐怖がついてまわるけれど
交流がなければ
たくさんのこころがあることにも近づいていけません。
近づけなければ、
関わり合わなければ
想像力に栄養もいきわたりません。


めんどうくさいし
労力も要するけれど
めぐりめぐって
それが
自分自身を救うとも思います。


励まし。
支え。
協力。
仲間。


「あなた」をわかろうと努力した時間は
きっと無駄ではないはずです。








人間についてまわる感情。
そっと寄り添える人への道のりは
まだまだ続いています。


ありがとう

それでは またね。