こんばんは。
励まされたというか・・・
肯定的な視線をむけてもらえたような気がしたというか・・・
意味合いの大きさを考えると
そこらあたりの普通の中高年の私には、ちょっとな、とは思うんですが、
でも、感じ入った言葉なんです。
読売新聞「高倉健」という仕事より抜粋。
<とはいえ、いやいやながら仕事をしているのではない。
好きとか嫌いとかを尺度にして仕事をするのではなく、
やるかやらないかを問題にするのであって、
やると決め、引き受けたからには持てる力を惜しげもなく注ぎこみ、
奮闘する(中略)それが高倉健ではないのか>
私は
作り笑いもできないし、
揉み手して太鼓持ちにもなれないし、
重宝がられることもない。
いるのか
いないのかも
わからないような存在。
居場所はどこなんだろうかと
居心地の悪さを抱えて
もじもじした感じがついてまわる。
だけど、
役割を全うしようと、
今より少しでも良くしようと
それにはどうしたらいいかな、と
心がけてきたとは思っている。
伝わらなくちゃ意味もないのかもしれないけれど。。。
ただ、
そんな気持ちに
寄り添ってもらえたような
文章でした。
再び抜粋。
<(前略)仕事という習慣を通して、己を鍛え上げた人(後略)>
そう、
己を鍛え上げる、
だから
苦しい時も逃げないで、
血肉になるものを手にしていくんだよね。
誰にもわかる形になるのなら
それにこしたことはない。
形にならなくても
私の中に幾重にも重なっていくものは
他の誰にも見えなくても
きっと私を少しでも前進させてくれているだろうと、
思いたい。
それでは またね。