みなさんは、少し前に流行した「カロリー0」理論を覚えているだろうか。当理論は、お笑い芸人の傍らカロリー0学会の草分けを行った、お笑いコンビ「サンドウィッチマン」の伊達みきお氏が発見・立証した理論である。たとえば、一般にドーナツはカロリーが高いと思われがちだが、その形が0を示すものであることから、カロリーが0となることを当理論により導出できる。また、後の研究によってカロリーの習性として一定以上の高温または低温の環境下ではカロリーが生存できないことが判明し、カロリー学会でも部会を複数に設けることとなった。カロリー学会における部会は、形相部会、高温部会、低温部会、衝突部会、流動部会、速度部会の計6部会が存在する(2021年1月29日現在)。
当然、カロリーには依然研究されつくされない未知の側面が存在することが予想され、今後部会は増加の一途をたどることだろう。しかし、「カロリーの研究」だけが「カロリー0」理論の研究を構成する現在のカロリー学会は、重要な点を看過していると言わざるを得ない。すなわち、食糧という客体にのみカロリーの消滅への機序を求めているために、主体である生物におけるカロリー0への要因を把握できていないのである。
そこで、私が主体のパースペクティブからカロリー0理論の定理を示したところ、学会から猛反発が起こった。私が示した定理は次のようなものである。すなわち「美味しく食べればカロリー0」や「体の丸さが0を示しているから何を食べてもカロリー0、俺もカロリー0」などである。
なぜ、これらのテーゼが学会に受け入れられないのか。それは、前述したように、カロリー学会はあまりに分化、専門化しており、一種の「タコツボ」となっているところ、主体のパースペクティブからはこれらが一元化して把握しうるポテンシャルがあるからである。しかし、希望はある。これを読んでくれているカロリー学徒、またはその志望者が私の研究を継いでもらうことである。私の理論は「早すぎた」のだ。カロリー学会がついてこれないからカロリー研究0、なのである。だが、10年、いや9年、いや、やっぱり10年も経てば、このような風潮は沈静化する。そのときに、私の理論をもとに研究が活発化することを願う。
そろそろラーメンを飲む時間なので、これにて失礼。