今を遡ること25年。私が大学生だった頃の話です。当時はバブル期で、学生のアルバイトの時給もやや高かった時代でした。とはいえ、やはり時給1,000円以上のバイト先というと、肉体労働や水商売でもやらない限りなかなかもらえない金額でした。

 

ある日のこと、同じ大学に通う友人に「短期だけど、楽で稼げる時給1500円のバイトがあるから一緒に来ない?」と誘われ、土曜の朝神田の駅前で待ち合わせしました。「スーツを着て来る必要はないけれど、白いシャツと黒いスカートかズボン履いて来て」と言われたのを覚えています。今考えてみたら、バイトの内容も聞かないでよく出かけて行ったものだ…若かったんだなぁと思います。

 

友人に連れて行かれたのは、古書店街にある雑居ビルの一室でした。会議室のような部屋に折り畳み机とパイプ椅子がぐるりと並べられていて、何か会議でも始まるのかな、という空間でした。「そんなに怪しそうな雰囲気じゃないし、友達も一緒だから大丈夫か・・」と思って中で待っていると、何人かおじさん達が十名ほど集まり始めました。

 

そしてマイクを持った司会者みたいな人がやって来て、何も書き込まれていない表みたいなものが印刷された紙と鉛筆を渡してくれました。友人は私にこう言いました。「この紙に言われた番号と金額を書いて、このおじさんに返すのが今日の私たちの仕事だよ。」

 

その会場では、古書店街の店主が集まって、古書のオークションをするというのです。その落札価格と落札者の番号を記録するのが、その日の私たちの仕事でした。え?それだけで時給1500円なの??でした。

 

私の目には、全然価値を感じられない古ぼけた地図や、色の褪せたすごろくみたいな紙きれが何十万、何百万という単位の金額で落札されていくのを、ビックリ!!しながら見ていました。また、古書のオークション会場は、物凄い熱気に包まれていて、おじさん達の勢いに若い私の方が完全に圧倒されました。希望の品が落札できず、本気で悔しがっている人がいるのですから…。

 

当然大学生の私には全く縁のない世界でしたし、慣れない桁の金額を書き込まなくてはならず、私は悔しがるおじさんを横目で見ながら手が震えたのをよく覚えています。オークションは10時から始まって、昼休みだからと出されたお弁当が、これまたビックリ。どこかの料亭で作ったのかと思うほどの豪華さなのです。二段重ねの重箱に詰められた御節料理のようなお弁当でした。「2時に午後の部が始まるから、それまでゆっくり食べて」と言われました。大学生だった私はそんな高級なお弁当をなかなか食べる機会がなく、どこから手を付けたら良いかわからず、しばし眺めていたほどです。

 

 

オークション会場では午後も同じような光景が繰り広げられ、帰りには、6時間分の時給をもらい帰って来ました。昼休みの時間は時給が出ないとばっかり思っていたのに…。でも、よく考えたら、あんな古い物で何百万円も払う人たちからしたら、私たちのバイト代なんて、端金でしかなかったのかもしれません。結局、そのバイトはその日1日限りでしたが、楽な短期バイトとして今でも強烈な記憶として残っています。

 

    (楽なアルバイトの体験談 40代女性)