アンニョンハセヨ、Good Morning TOURSです!
皆様、ドラマ『宮』をご存知でしょうか?
今回、ドラマ『宮』の撮影地でもありました雲峴宮(ウニョングン)へ行って参りました。会社から歩いて行ける距離ということもありまして。。(^▽^;)
雲峴宮(ウニョングン)は、正式な宮殿ではなく、王族の親族である興宣大院君・李昰應(1820~1898)の一家が居住し、生活していた所です。ここに12歳まで住んでいた高宗(1863~1907)が王位に就いた後、大幅に拡張・新築し、宮に昇格したという経緯があり、この時から雲峴宮は4つの大門を持った雄壮な宮闕ほど雄壮な家に変貌しました。しかし日帝植民地期と韓国戦争で被害を受け現在の規模となりました。
雲峴宮(ウニョングン)入口
正門を入ると、すぐ右側に守直舍という瓦屋がありますが、これは宮の警備と管理を担当する人々が生活した所です。
敷地内はとても広く、歴史の香りにあふれていました。
守直舍を過ぎると大門があり、それを過ぎると、老安堂があります。
老安堂は、雲峴宮の客間で、典型的な韓国式の瓦家で、軒先に角材を長く使用してひさしをつけた手法は、当時の時代的な特徴です。興宣大院君が日常住んだ所で高宗の即位後、主要な改革政策が議論された歴史的な場所です。
やはり、大門の内側にも守直舍がありました。
官僚の衣服の胸の部分には、鶴の模様と虎の模様の2種類があり、
老安堂を過ぎると、還暦や宴など各種家内行事が行われた老楽堂があります。
老楽堂は、雲峴宮で1番大きく中心となる建物です。1866年、高宗と明成皇后(1851~1895)の結婚式もここで開かれ、明成皇后が王妃修業を受けた所としても有名です。
王宮に入れるのは尚宮だけ。
贅沢を避けるよう、家具はほとんどありませんでした。
床の下にオンドルの為の穴。
二老堂は、雲峴宮の片隅にある母屋です。
主に女性らが居住していた所であった為、男性らが入る事が出来ないように、口の字型になっていて、真ん中は庭園になっている。興宣大院君の妻が家事をしていた場所で、明成皇后が宮中に入る前、ここで宮中作法を習った。
地面にこんな表示が。。Σ(・ω・ノ)ノ! 写真撮影のポイントらしいです。
こんな風に撮れました。
雲峴宮の洋館は、興宣大院君の孫である李埈の自宅で1912年頃に建設されましたが、1917年に李埈が亡くなり、純宗の弟である義親王の2番目の息子の弟が引き継いだが、現在は徳性女子大学の建物の一部として使われています。
ドラマの場面を思い出しながらの観覧でしたが、日本語ガイドさんの詳しい説明のおかげで、さらに歴史的な事もよくわかって楽しかったです。v(^-^)v













