平安時代、空海による開山だそうです。その際に竜が現れて
鰭を残したので、この地が「鰭ヶ崎」と呼ばれるようになった
という伝説も。
少し時代は下って、平将門の乱の際、藤原秀郷が将門の追討を
祈願したと伝えられています。
東福寺(流山の民話) – ときめき流山さんぽ | 流山市観光協会【公式】
門前の石段は急なもので、鎌倉や京都の古刹のような趣があ
ります。本堂も素敵です。
中門には「目つぶしの鴨」と呼ばれる鴨の彫刻があります。
高校生の頃、ここを訪れた時に見た彫刻とは印象が異なる気もします
が、まぁ、いろんな彫刻を見たので混同したかもしれません。
この鴨の彫刻。左甚五郎作のものと伝えられています。夜中
に、ここから飛び立って周囲の田圃を荒らしたということから、
目に釘を打ち、それ以降、被害はなくなったとか。
案内表示に書かれていなかったので、今はあまり語られなくな
っているようです。しかし、参拝されている年配の方(私と
同じくらいの年齢かも)にうかがうと、「ああ、左甚五郎の・・」
とすぐにわかりました。
日光東照宮の眠り猫が左甚五郎作と伝えられています。そもそも
実在の人物かさえわかりませんが、もし、そういう名工がいたら、
古い町である流山に来ていた可能性は否定できません。
春日部の家具、岩槻の人形などは日光東照宮造営にあたった
職人たちが仕事がなくなった後に移り住んで始まったと伝え
られています。
歴史を感じさせられる東福寺は、流山の名所の一つです。
「東福寺」と言えば、京都の紅葉の名所の東福寺を思い出す人も
多いでしょう。紅葉の名所として有名。私も好きで、京都に住んで
いる頃は何回も行きました。京都のほうは臨済宗のお寺ですが、
流山のほうは真言宗です。
急な石段があります。
本堂の周りに鐘楼や千仏堂などいくつかの建物があります。
また、見事な大イチョウも。
鴨の彫刻



