君がため 春の野に出でて 若菜摘む
わが衣手に 雪は降りつつ 光孝天皇
昨日の夕方の小学生クラスの百人一首は、この歌でした。
ちょうど今朝、みぞれのような雪が降りました。
誰かのために畑で七草粥の若菜を摘むとしたら、
こんな感じになるでしょうか。
「君」というのは誰でしょう。好きな人か、家族か。
もしかすると、病気の人や介護している人のために、
新鮮な若菜を添えようと思っていたのかもしれません。
大切な人のことを気遣う人は、冷たい雪の中でも若菜を
摘むのです。もし遠くにいる人を思うなら、雪の降るの
を見れば、より一層、大切な人はどうしているだろう、
と思ったりするものでしょう。
私達が歌を鑑賞する時、作者の状況や思いを離れて、
勝手に自分なりに解釈や想像を加えることが多いです。
いや、ほとんど自分なりの勝手な解釈かもしれません。
俳句や短歌は、文字数が少ないだけに、一層、自分が
解釈する余地が多いし、想像も膨らませやすいです。
そもそも、この歌の光孝天皇だって、ほんとうに若菜を
摘んでいたのかどうか。創作の世界の可能性もあります。
しかし、この際、事実はどうでもよくて、光孝天皇の表現
したい気持ちが私達に伝わってくるから、私達は感動する
のだと思うのです。
↓屋根に薄っすら積もった雪。道路の雪は落ちては消えて
いきました。

