論語の中に出て来る孔子の言葉。
朝に物事の真理を知ったなら、夕方に死んでもよい、
という意味です。
壮絶な求道(ぐどう)の精神のようにも思えます。
また、生に執着しないさっぱりした態度のようにも
思えます。
私は、「真理なんて、そんな簡単に悟れるものじゃない
んだよ、私は悟れなくて悩んでいるんだ」ということを
孔子は言いたかったんじゃないかな、と勝手に推測して
います。
「自分は何でも知っている」、「自分が神だ」くらいに
思っている、自信に満ち溢れている人って、近寄りがたい。
そういう不遜さ、傲慢さは鼻持ちならない。
その点、論語の中の孔子の言葉の中には、自信をなくし
たり、自嘲的になったり、すごく人間味が感じられるもの
が少なくありません。
経営者として「成功」した人とかが論語の解説本を書いて
いるのを見ます。人それぞれの解釈でいいのでしょうけれ
ども、どこか「上から目線」が感じられて、辟易する場合
もあります。
パワハラなんかで批判されている人が論語を論じてい
たりしている場合もありますが、きっと孔子は、あの世で
「やめてくれ」と言っているに違いありません。
孔子が大切にしているのは「仁」(思いやり)なのですから。
孔子自身は決して「成功者」と呼ばれる人ではありません。
「成功者」ではないからこそ、後世の人が共感できる言葉
を残した面もあるのではないかなと思っています。
↓朝日に照らされた富士山。

