30年くらい前、久米宏さんが、ニュース番組での夜桜中継
の時、「人生、あと何回桜を見るのでしょう」というコメント
をされていたのを印象深く聞いたことがあります。
その日の放送の、まさにその発言のことを、北海道出身の友人が
昨年、facebookに投稿していて、驚いたことがあります。
その北海道では、ちょうど先日、桜の開花宣言だったとか。
北海道の春は、いろんな花が一気に咲き、実に美しい春だと
聞いたことがあります。
そんな華やかな話題の多い桜の季節ですが、
来年の桜を見ることはできるのか?5年後は?10年後は?
多くの親しい人、尊敬する人を見送る経験を重ねる度、そんな
ことを考えることが多くなりました。
桜というのは、美しいだけに、より一層、無常を感じさせる
ものなのかもしれません。
親鸞上人の歌
明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは
少し説教臭いけれども(お坊さんだから当然か)、しかし、
そうだよなぁと思います。「無常」ということは、単純な現実の
話。この歌が示す意味は、「諦め」ではなく、今を精一杯生きよ、
それは、仕事かもしれないし、楽しみかもしれないし、人との
付き合いかもしれない、そう意味なのかなと。
今年の4月初旬、茨城県守谷市の長龍寺の桜は今年も美し
かったです。(長龍寺は曹洞宗のお寺です、念のため。)


