「木鶏(もっけい)」双葉山の心
昭和十四年の一月場所四日目。安芸ノ海に敗れ、横綱双葉山の連勝はついに69で途絶えた。ほどなく、外遊で航海の途のあった心の師、安岡正篤氏に電報を打っている。
「イマダ モッケイタリエズ フタバ」モッケイとは、中国の「荘子」や「列子」の寓話(ぐうわ)に出てくる木鶏のこと。
かつて安岡氏から聞いた話として、双葉山は「修行中の私の魂につよく印象づけられた」と自署「相撲求道録」に記している。
闘鶏使いの名人が王に頼まれ、鶏を育て始める。
十日が過ぎ、「もう使えるか」と催促されると、「空威張りの最中で駄目です」。
その十日後は「敵に興奮します」、さらに十日たっても「敵を見下します」。
それから十日、ようやく完成の域に達したと告げる。
「どうにかよろしい。いかなる敵にも無心です。ちょっとみると、木鶏のようです。徳が充実しました」
双葉山は木鶏を究極の姿に置き、敗れて道半ばの己を自覚したようだ。
前年の中国北部への巡業中にアメーバ赤痢にかかり、体が衰弱していたのだが、そんなことは枝葉にすぎないといわんばかりの回想である。