私は、母子家庭で育った。
4人兄弟の一番上で。
妹が中学校の時は、母の代わりに卒業式に出席した。
弟の運動会には、ほかほか弁当を買ってもっていった。
授業参観のお知らせの用紙は、教室を出るとすぐにまるめて捨てた。
きてくれるはずなど、ない。
誕生日も、家族旅行も、クリスマスもなかった。
1ケ月のうち1度でも、母の顔をみれればいいほうで。
ほとんど毎日、母は働きづめで。
私は、強くなければならなかった。私は、甘えたり頼ったりできなかった。
なんでも一人で考え、一人でできることしかしなかった。
それがあたりまえになっていた。
あるとき、仕事のことで行き詰まり。
カウンセリングを受けることになった。
カウンセラーの先生は、あらかた私の話をきいた後。こう言った。
「ところであなたのお子さんは、学校から帰ってきてその日の出来事を話しますか?」
「いいえ、そんな話はしません」と答えると、
「なぜでしょうか?
子どもというのは、学校という場所である程度のストレスを受けます。
家に帰ると、ストレスを発散させるために報告をするものなんですよ?
あなたの子どもはなぜ、あなたにその場所を求めないのでしょうか?」
・・・・私は、絶句した。
「あなたは、人に甘えてこなかった。その環境になかったから仕方がありませんが、そのためにあなたはお子さんにも甘えさせてこなかった。
いえ、その方法をあなた自身が知らないから、お子さんに伝えることができませんね」
「人は、一人では生きることができません。お互いを補い合って生きていくのですよ。
あなたは誰かに”助けて”とか”手伝って”といっていいんですよ」
いつの間にかポタポタと、涙が落ちていた。
泣いたのは、久しぶりだった。
自分を哀れんで泣くのがイヤで、けっして泣かないと決めていた。
それなのに、いつまでも、涙は流れた。
子どもたちに我慢させていたかと思うと申し訳なくて。
自分がふがいなくて。
そして、ただ悲しかった。
私の母も、悲しかったろう。
しかし、子どもたちに心配かけまいとがんばって働いてくれた。
いつしか私も知らず知らず、そんな母親になっていたのだ。
この悲しみの連鎖を断ち切ろう。
「あなた、がんばりすぎですよ。がんばるのも休み休みにね」と最後に先生は言った。
”がんばれ、がんばれ”と子どもたちに言い過ぎたかも。
これ以上もうがんばれないよね。
自分にも、子どもたちにも。
夫にも、親兄弟にも。すれ違う人にも。
言ってあげよう。
”いままで、よくやってきたね。
いいんだよ。だいじょうぶ。
困ったら言うんだよ、助けて、手伝ってってね”