会社の近くに
小さな小さな
稲荷神社があります。
きっともともとは
この地域の
豪族の
氏神様だったとか
そんな感じで
なんとなく
他を寄せ付けない雰囲気があって
お参りしても
少し怖いというか・・・・・
で↓こんな一説を見つけました
以下抜粋です↓
古代より、お米は
現代におけるお金の役割を果たしていました。
戦国時代や江戸時代、武士のお給料は
「◯万石」のようにお米で表され
平安時代より国民は税金として年貢米を
徴収されていました。
江戸時代まで「お米」は
「消費期限付き通貨」だったのです。
同時に、商人の台頭により
「お金そのもの」の重要性が高まります。
経済の血液が、消費期限付き通貨である「お米」から、
消費期限のない通貨である「お金」に徐々にシフトしたわけですね。
その経済的シフトに伴って
お米の神様だったお稲荷さんは
いつの間にかお金の神様に変化します
江戸時代、お稲荷さんは商人を中心に広く信仰されました
「お米を腹いっぱい食べたい」という人々のお稲荷さんへの願いも
「お金をたくさん欲しい」という願いに変わりました。
神様に対する人々の願いの質が変われば、神社の感じも変わります。
つまり、お稲荷さんを苦手に感じたり、怖く感じたりするのは
お金に対する人々(含む自分自身)の願いを、苦手に感じたり
怖く感じたりするからだと思い至りました。
人はお金に執着するもの。
その執着の思いが稲荷神社に残っていると
苦手に感じる方もいるわけですね。
なるほど![]()
そのとおりかもしれない![]()
神社の中でも
お稲荷様はなんとなく怖いって
思っていたのって
これだった!!!
私の中で
お金に執着するのは
なんか苦手というか
良くないことって
思っていたからだ![]()
メンタルブロックをはずすのは
大変だけれど
お稲荷様におまいりするのは
できそうだし![]()
どこのお稲荷様にも
恐怖心を感じることが無くなれば
お金に対するメンタルブロックも
外れたってことになるかもね![]()
というわけで
会社近くのお稲荷様にも
無視しない範囲で

