子供の頃から日記が続いたことが一度もない。
夏休みの宿題の日記も、ちゃんと毎日書けなくて、最終日に思い出して書いたりしてばかり。
毎日義務的に書くというのがやっぱり苦痛だもんね。
そんななのに、今年の元旦から手書きで日記を書いてる。
10月の今日まで続いている。
脳科学者がオススメする3行日記というもの。
①その日あまり良くなかったこと
②良かったこと
③明日はどんな日にするか
を書くだけというもの。
簡単だから意外と続いているのかも。
①の良くなかったことを書くのが最初はちょっと苦痛だった
良くなかったことなんかもう振り返りたくないよ〜、と思ってしまう
なんか憂鬱よね。でも慣れた。
ただでさえシンプルな3行日記なのに
①と③を書かずに、②だけの1行日記になってしまってる日も多いけど。
あと、日記帳じゃなくて
ふつうのB5ノートを使っているのもよかったかもしれない。
日付が印字されてて、ページ(スペース)が決まっているのじゃなく
フリーに使えるのも向いていたのかもしれない。
これまで日記が続かなかった理由として
「明日にはもう過去になるのに、それを記録したところでもう終わった過去だしねぇ」みたいな気持ちがあったけど、
10月になって3行日記を読み返すと、案外いい効果があった。
わたしは毎年年末とか、3月の年度末に、ちょっとだけブルーになる。
ああもっとやりたいことがあったのに
ここまで辿り着きたかったのに、ぜんぜん到達できていないよぉ
あ〜あダメだなぁ
などと、悶々する。
毎日が足早に流れてゆき、
やりたかったことが日々の雑事にまぎれてうやむやになっていく。
でも日記を読み返すと、
何にもやれてないと感じているけど、苦闘の跡がある
「眠たいけどやった」なんて書いてある。
「今日もできなかった」なんて書いてる。
できなくても、やろうとしている痕跡がある
大きく前進していないけど、
めちゃくちゃ小さな一歩をたびたび繰り出している。
何にもできてないと日々感じているけど
読み返すと、そうでもない。
振り返れば出来るようになったこともある。
出来なかったことばかりが意識に残るから
出来るようになったこともちゃんとあったのに、そのことはすっかり自分に忘れ去られてる。
読み返せば、意外といろんなことが変わっている。
先日、テレビつけたら何かのドラマをやってて
ちょうどこんなセリフを言ってた。
「同じところをぐるぐるしているように思ってしまうけど
少しずつ上昇しているんです
螺旋階段は、おなじようなところをぐるぐる回りながらも
ちょっとずつのぼっているんです」
それを聞いて、そうだったらいいなと思った。
日記、一年の流れが見えていいかも。
文章で書く日記だと、振り返ろうとしても読むだけで時間がかかりそうだけれど
3行日記は可視化という意味でいいかもしれない。
などと言いつつ、
わたしのことだから来年は続いていないかもしれなーい。