こんばんは。いちろうです。

昨日、福島市から相馬に行って帰ってきました。

余震があり、福島ラジオで津波が来ますと叫んでいる最中、

相馬に向かいました。

行かれるところまで行こう。

と、息子と彼女と2台で向かいました。

意外にびっくりするほどすんなりと目指した避難所「はまなす荘」

に着きました。

10日に会って11日の震災後は、声も聞いてない。

携帯も通じない中で、生きている。避難していることがわかったの

は3日目。そのときの喜び。

不安な毎日を過ごした息子の彼女K。

本当に、ここにいるのか。

不安。

地震から4日目の親子の再会。

・・・・・・・抱いて、泣いて、笑って。良かった。

私は、初めてお会いする彼女のご両親とじいちゃんとばあちゃん。

地震当時のことを、鮮明に話し始めるじいちゃん。

畑にいて、地震がありぐらぐら揺れた瞬間、水が吹き出てきた。

これは、でかい、危ないと家に引き帰った。

無我夢中で着の身着のまま車で中学校に逃げた。

お父さんは、トイレで、お母さんは2階で遭遇。

横揺れではなく、目が回るほどの大揺れ。

警察の「津波くるー!」であわてて逃げた。

ところが、お母さんとじいちゃんは家に引き返した。

あと2.3秒で津波に呑まれそうになったと述懐した。

忘れ物をとりに行った人は、帰ってこない。

兄弟同様に育ったS氏夫妻は、亡くなった。

家はもうない。

床屋と美容室もすべてない。

ない。ない。ない。

気丈に、お父さんは語る。「家も、店も一瞬にしてなくなった。

これ以上は悪くならない。もう何も怖くない」

財産があったときは、守るために必死だったがその財産がなく

なった今、ゼロからの出発だと。

今日は、福島の娘夫婦のところにもどりましょう。

とじいちゃんに語ったものの、「俺たちだけかえれね。まだ安否

わからね人いるから。まだ、残る」

2台で来て、じいちゃん、ばあちゃんだけでも乗せて帰ろう。

という思いは叶わなかった。

避難所では300人以上いるのか、みんなが寄り添って生きている。

すごい連帯感を感じる。

再会に安心したものの、福島に連れて帰れないもどかしさが残り

ながらも2台で3人で引き返した。


今日はこのへんで。また、明日。

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