【作品情報】


『女王陛下のお気に入り』の助監督クリストス・ニクの監督デビュー作。



【あらすじ】


人々が突然記憶を失ってしまう奇病が蔓延する世界。主人公はバスで居眠りから目覚めると記憶を失っていた。新しい人生を築くプログラムに参加することとなり、「自転車に乗る」「ホラー映画のリバイバル上映に行く」「一夜限りの関係を持つ」といったミッションをこなしてポラロイドに記録していく。同じプログラムに参加する女性とも親しくなるが、ふと以前住んでいた番地が口をつく。



【感想】


近未来SF的な設定でディストピアものでもないのに、登場するのはポラロイドカメラにカセットテープ、オープンリールデッキとレトロなものばかりで、パンデミックを予見していたかのような内容も相まって独特の味わい。ミッションを淡々と遂行していく主人公の生真面目さがかわいらしく、ユーモラスな軽やかさに満ちた作品に仕上がっています。



さて、実は主人公は妻を亡くし、深すぎる悲しみに苦しんでいたのでした。では、悲しみのあまり記憶を失ったのか、それとも人生をやり直したくて詐病していたのでしょうか。それぞれの解釈がたくさん書かれていますが、どちらとも取れますし、個人的にはどちらでも良いのではないかと思います。



主人公はミッションをこなす様をポラロイドに収めていきますが、嫌なミッションは実行したかのような写真を撮ったり(SNSを含む現代的な記録媒体の編集しやすさ、不適切な使い方を思わせ、最新のものが登場しないのはストーリーの都合だけでなく監督のアンチテクノロジーによるところもあるのでは)、撮り忘れたふりをして済ませます。本当のところは本人にしかわからないわけです。




映画は記録媒体の1つでもあるので、人は生きやすいように記録を書き換えるけれども記録は確かという描写をよく見ますが、本作は記録は改竄したり抹消したりできるけれども記憶からは逃れられないと描きました。忘れようとするほど蘇るもの、そしてどうでも良くないもの。観終わってからキャッチコピーを見ると頭の奥がツンとする、まさしく忘れ難い佳作でした。