やはり倭迹迹日百襲姫が卑弥呼だった | グッドフィールト”noジャーナリズム
纏向古墳に最新科学のメスが入った。速報的に5/29各社新聞が箸墓古墳の築造年代が判明したと報じた。これまでの論争は邪馬台国が九州か近畿かというものだが、近年の纏向調査で考古学的に近畿説がほぼ確定されているとの見解が定説であったが、それでは邪馬台国を観光事業(銅像や箱物に血税を投資してる)としている北九州一部自治体や、九州であって欲しいと願う歴史学者には都合が悪いものになりそうだ。

この纏向の箸墓古墳は宮内庁比定の「倭迹迹日百襲姫ヤマトトトヒモモソヒメ」のお墓です。ここが邪馬台国の中心ならば当然一番大きい墓が卑弥呼様である可能性が高いとなります。卑弥呼のスピリチュアラー的特徴も酷似で時代も重なるとなると確定で良いと思うのですが、一部の歴史学者達はまだまだ証拠不十分だと主張している様子。

このモモソヒメは生まれこそ奈良県ですが戦乱を避ける為、幼少の頃から(8~18歳)香川暮らしらしいので事実上、香川県人と言っても良いぐらいの人物なのですが、現在香川はうどんばかり盛り上がり、Jを目指すサッカーチーム名もカマタマレ讃岐と言うぐらいうどんの国となっています(笑)とほほ・・・

奈良・箸墓古墳築造、卑弥呼の死亡時期と合致 歴博測定
http://www.asahi.com/culture/update/0528/TKY200905280355.html

田村神社(モモソヒメが立ち寄った場所と言われる)(もともと秦系の神社)
http://tamurajinja.com/
外から一気にグッドフィールド-モモソヒメ
倭迹迹日百襲姫

水主神社(モモソヒメの家があった場所)
香川県東かがわ市水主1418

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