どうも犬です。
前に、親が子どもを叱れない と言う記事を書いた。
今の親は"叱らない""叱れない""叱り方がおかしい"のではないかと。
しかし、よくよく観察してみたり、人の話を聞いてると、どうもそうではないらしい。
というよりも、どうやらそれ以前の問題のようである。
"叱りどころがわかっていない"のか?
はたまた、親自身の"善悪の区別?危険予知?"が薄れてきているのか?
いや、もしかすると"子どもに無関心"なのかもしれない。
というのは、子どもがお店の中で走り回ってもとめやしない。
へたすりゃ一緒になって走り回ってる。
そもそも、自分らの買い物や会話に夢中になって、子どもは放置プレイ。
お店の中だと安心しているのでしょうか?
お店の中でも危険はたくさんあるし、店の広さからへたすりゃ連れ去り事件もおこってもおかしくない。
カオリに、「路上でカードゲームしてる子どもが居て、親も近くに居たけど叱りもしない。」という話を聞きいた。
その話を聞いてあきれた。
路上でカードゲームをすることが危険だと思わないのか?
子どもの安全はどうでもいいのだろうか…
前にテレビで、子どもの不慮の事故を減らすための危険検証、みたいなのをやっていた。
その中で、「不慮の事故は目を離した親の責任というのが常につきまとう。その親の責任に、物を作っている周囲の大人たちは甘えている。しかし、親にも限界があり、親ばかりが多大な負担になっている。そこで、物をデザインする上で、子どもの危険を軽減するような措置が必要だ。」と言っていた。
確かにそれは重要なことで、子どもが危険なことを経験できるが人生を左右するような大きな事故にはなりにくい、そんな環境を作っていくことは必要なことだろう。
また、子どもの安全を守るために、地域全体で住みよい環境を作っていかなければならないことはよく言われていることだ。
しかし、物作りやら地域がどうのこうの以前に、親自身のモラル低下を問題にしたほうがいい。
夜中まで子どもを連れまわしていたり、子どもを連れて喫煙席でスパスパタバコを吸っていたり、子どもが走り回っても注意どころか一緒になって走ってる。
そういうのを見てるとなんだかイライラする。頭にくる。
そして、自分はこんな親になりたくないと思う。
でも、きっとどの時代にもこういう親は少なからず居ただろう。
そういうのが目に付くようになったのは、それなりに歳をとったからなのかなぁと思う今日この頃。