カオリです。こんばんは。

今日の話題は、たまたまみたこんな記事について。


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今までこんな考えを持ったことがなくて、すごくびっくりしてしまった。

私のこれまでの人生には当たり前だった「いただきます」。
もちろん学校給食でだって、食事の前にしっかり言ってきた。


私は何に対して、いただきますと言ってきたんだろうとふと考えてみた。


 ・母親への「作ってくださった食事をいただきます」
 ・両親への「稼いだお金で(給食費を払って)用意してくださった食事をいただきます」
 ・給食室で働く方への「作ってくださった食事をいただきます」
 ・農家の方への「大事に育てた食材をいただきます」
 ・お店の人や寮母さんなど食事を用意してくれた人々への「用意してくださった食事をいただきます」


こうして振り返ると、人への感謝が多いなーと思う。
自分では対価を払っていないのに食事が用意される環境にいたからかな。

周りの人がいないと、私は食べることが出来ずここまで成長することは出来なかったからね。

自分で作った料理を食べるときもたまに「いただきます」は言っている。

レストランや居酒屋でも、たまに「いただきます」は言っている。そして帰り際には必ずといっていいほど、お店の方に「ごちそうさまでした」と言ってから店を出る。


ここで今回『お店でご飯を食べるときは自分がお金を払っているじゃないか』っていう話が出てくる。


私はお金を払っていても、相手に「いただきます」と言いたいと思っている。

理由は上手く言えないけど、、

まず、代金と同じお金を自分がもらったとして今目の前にある料理を作れるかなと考えたらそうではない。
料理の腕はもちろんないし、食材も1人の力では揃えられない。

この料理が目の前にあるまでには、お店や料理人さん以外の方の苦労がある。


そして何より、私たちのことを考えて美味しい料理を作ってくれたことが嬉しい。

お客だから当たり前だって考え方もあると思うけど…

でも、お金だけもらってテキトーに料理作る事だって出来るし…

やっぱり美味しく作ってもらえればありがたいかな、と。

こんな気持ちを総合して、「いただきます」と言っているのかなーと思う。


  スーパーのレジで袋につめてくれた時に店員さんに言う「ありがとう」、
  贈り物の包装をしてもらった時に店員さんに言う「ありがとう」
  降車時にバスやタクシーの運転手さんに言う「ありがとう」、


これらだって全部、こちらはお金を払っている。

でも店員さんがしてくれたことや、運転手さんがしてくれたことは、私にはなかなか出来ないことだ。


  きれいに、私が持ちやすいように袋につめてくれる。

  送る人の事を考えて、包装してくれる。

  乗客の事を考えて、速く、安全に(タクシーの場合は安さもプラスして)目的地に運んでくれる。


私が「いただきます」と言うときの気持ちはこれらの場合とほぼ同じかなーと思う。