先週の清水であった高校生向け
朗読講座の時のものです。
朗読とは、
書かれている活字を
綺麗に間違えずに
音にすること
だと思われがちです。
だから、
書かれている文章の読み方を
表現の仕方を教えてください、
と言う質問が多くありました。
違うんです。
言い方を考え出したら、キリがありません。
音、間、息継ぎ、感情などの
組み合わせを考えたら、
何万通りも出来るでしょう。
違います。
それは、外側からの考え方です。
私達は、頭にないことを
急になんの脈絡もなく、
喋ったりはしません。
いや、出来ません。
今朝、何を食べましたか?と聞かれて
全く浮かばないのに
○○を食べました、なんて言わないです
すぐに食べた物が頭に映像で浮かびますよね。
その映像が浮かぶから、○○を食べました、って言えます。
なのに、
朗読では、映像は全くなくても、
平気でやってしまうのです。
ある事柄や物に反応して、
頭に浮かぶことがあるから、
思うから、
そして、それを人に伝えたいと言う
欲求があるから
喋る、話すのです。
つまり、最初に心が動く
すると、それに準じて身体、筋肉が動く
そして、その心、気持ちと身体で
最後に声が決まる。
声は、一番最後なんです。
声から、どんな声、どんな言い方を
考えるのはおかしいのです。
考えるべきは、
最初のなぜそれを言ったのか、
のその時の気持ちを掴んでください。
そして登場人物は、
話すだけの幽霊にしないで
きちんと人間にして下さい。
読み手のイメージが具体的であれば、
そのままきちんと伝わります。
読み手の頭に映像がないまま読むと
聞き手にも文字だけが、
あらすじが伝わるだけになります。
私の考える朗読は、
その作品を通して
聞き手に何を伝えたいかが
奥底にある朗読、
そして、
その人にしか読めない朗読です。