こんにちは。
小夜子です。
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夫(夜明けさん)に拒否される側のレス妻です。
新婚からずっとセックスレス。
気づけば干支一周回ってました。
私と夫の夜明けさんが本当の意味で向き合い始めるまでの12年間の歩みを綴っていきます。
本ブログはセックスレス解消指南ブログではありません。
「どう生きるか/死ぬか」に真剣に向き合った私の人生のターニングポイントの記録です。
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前回の記事はこちら。
クリスマスの朝、病院から受け取った容器に夫の精子を出してもらうことになりました。
私はぼんやりと学生時代のクリスマスの私達を思い出していました。
あの頃はクリスマスがとっておきのイベントでした。
初めて二人で行ったクリスマスらしい場所は神戸のルミナリエだったと記憶しています。
まだ初々しかった私達はお互い一定の距離感を保ちながら余所行きの自分で過ごしていました。
人込みに飲まれながら流れるプールかのようにゆらゆらと前に進みながら光輝くイルミネーションを下から眺めましたが、
思ったほど感激はしませんでした。
内側から見るより遠くから眺めた方が綺麗だな・・・と冷めた気持ちを隠すかのように必死に「綺麗綺麗」と言っていたような気がします。
近くによってじっくり眺めた方が綺麗に見えるものもあれば、
少し離れて遠くから眺めるぐらいがちょうどいいものもあるのだと知りました。
大学の授業の合間にコツコツと編んだマフラーをプレゼントしたら思いのほか夜明けさんが喜んでくれました。
手作りのマフラーって重いかな・・とも思いましたがとても喜んでくれて、
大学四年間冬になるとそのマフラーを巻き続けてくれたのも良い思い出です。
あの頃は夜明けさんはとても私を大事にしてくれていました。
私が行きたいという場所があればついてきてくれ、
私がしたいことがあれば付き合ってくれました。
どちらが主導権を握るなどということはなく対等な関係にあったように思います。
結婚してからというもの、私はどこから来るのかよくわからない「引け目」をなんとなく感じるようになり、
持ち前の完璧思考から良き妻良き母になろうと頑張り続けているうちに、
気づいたら二人の関係がいびつになっていました。
しかし、いびつな関係の中にある人は往々にして自分がいびつであることに気づきません。
毎日少しずつ変化していくものには人は気づきにくいものです。
「あの頃のクリスマスはとっても楽しかったなぁぁ・・・」
あれから10年経った私はケースを手に握りしめながら家の前の大きな木を眺めました。
あの木にイルミネーションをつるしたら少しはクリスマスっぽくなるだろうか。
イルミネーションもツリーもクリスマスらしいものは特にない片田舎の小さな町の小さな家にひっそりと暮らす私達には
・・・あの頃のクリスマスの思い出がとてもまぶしかった。
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夫にケースを渡し、「お願いね」と言いました。
そして私は長男を外に連れ出し、三輪車にすぽんと乗せ近所を散歩しました。
特別三輪車が好きというわけでもないのですが、
小さなお手々をチンっとハンドルに乗せてお利口にお座りしていました。
冬のこの町は歩く人もほとんどいません。
犬の散歩にぐらいであえれば「わんわんだよ」とでも話しかけられましたが、
犬一匹たりとも出会いませんでした。
記憶の中ではこの時期はすべてがグレーがかっています。
幸せな時もたくさんあったはずなのにグレーのせいで可愛い盛りの長男のしぐさや様子をほとんど思い出せないのが悔しいです。
やり直せるならもう一度この時代に飛んでいって自分の力でグレーから黒を取り除いて白に塗り替えたいです。
三輪車にちょこんと乗せられているこの子は、まさか、今、両親がこのような状況に陥ってるとは思いもしないでしょう。
しばらく徘徊していると夫から電話がかかってきました
「終わったよ」
・・・早い。
前回と同じように想像よりはるかに速いスピードで終わりました。
{一人でやったらこんなに早く終わるんだな・・・)
今回もそう思い少し胸がちくっと痛みました。
私は長男に「帰ろうか」と言い、トンボ帰りで家に戻りました。
夫からケースを受け取り、三人で病院に向かいました。
出かけるところもないので3人で病院に向かいました(クリスマスに行く場所じゃない・・(笑))
診察時間が過ぎたお昼休憩に処置してもらえることになったので
(今思えば優しい先生ですよね・・)
私達は患者さんが誰もいなくなった二階の処置室の前に案内され、
静かな待合室でしばらく待ったのち
私は一人で分娩台に乗りその時を待ちました。
遠心分離機にかけられた精子の中から取り出された精鋭部隊がスポイトを通して私の体の中に入っていきます。
いてて・・・
あの頃、キラキラのクリスマスを過ごしてドキドキしていた私が
数年後、夫に女として見られず、惨めな思いをし、自信も羽ももぎ取られて
分娩台の上で精子を注入することになってるとは1ミリも思いませんでした。
・・・こんなはずじゃなかったのにな。
でも・・これも私が選んだ道。
私がこれでいいんだと決断したんだから
これでいいんだと言い聞かせました。
赤ちゃんがやってきてくれたらいいなぁ・・・
クリスマスプレゼントになったらいいなぁ・・・
そんなことを思いながら分娩台を降りました。
何も知らない長男のおかげで深刻に考えずに済んだのは助かりました。