私が感じたのは悲しみだった。なにをしても更正しない。うそをつく。隠す。証拠がなければ吐かない。つまり私はこの人といる限り、常に訝しみ、探り、不安を抱えていなければならない。贅沢なんてしたいわけではなくて、不安無く家族と幸せに暮らしたいだけなのに。きちんと仕事をして、収支をきっちりして、つつましく暮らすのはそんなにも難しいんだろうか。
よく、私は家族にとってATMでしかないと嘆く人がいる。ATMと言い方は悪くても、家族を支えている立派な父親だ。欲を押さえて、働いて、家族のためにお金を渡しているんだから。お金は重要だ。生活の基盤がそれで決まるんだから。●●はATMにすらなれない。
●●は、たまに帰ってきては、上の子に54円のグミをひとつ渡していた。キャラクターの、お腹なんてぜんぜん満たされない薄っぺらいグミ。上の子は宝物でも貰ったように喜んで、いってらっしゃいをするときは必ず、グミ買ってきてね!といってせがんだ。お風呂にはいるときはグミの空に大事そうに水を注いで、お料理ごっこ。
そんなことで心の底から喜んでいた上の子の笑顔を、●●は、ずっと欺いていた。牛丼、ラーメン、パスタ、酒。外食を重ねて、●●は毎日54円の何十倍も浪費していた。ただの排泄物にしかならないことに、自分と、家族でもない人に、無駄にお金をかけて。
節約して暮らそうと誓ってから、外食なんて10ヶ月間一度もいったことがなかった。上の子が可哀想で、けれど大食漢の●●はたくさん食べられることを誇りに思っているようで、欲のままに注文をするし、それをきっかけに彼の中でまた欲が芽生えてしまうのではと思って行けなかった。せめてと思って出かけた日はアイスを買い与えたり、家でお菓子を作ったりで紛らわせていた。甘いものなら●●は食べないから。クッキー、シフォンケーキ、ドーナツ。上の子はどんなものでも喜んでくれた。
それなのに、●●は。食欲、性欲、物欲、いろいろな欲を隠れて人の金で満たして、何もなかったように帰ってきては食事の消費税にすら満たないグミを与えて父親面していた。
子供がかわいい、写真を撮ってSNSにアップする。やすいお菓子を買い与える。
これは真に子供を愛してるということにつながるのか?犬猫をかわいいと思うような薄っぺらい気持ちなのではないか。疑念が拭えない。