機能不全家庭で育ったものの成れの果てと結婚し、その親の行動もこの目で見ることができた。
この経験をもとにして、私は今、これから子供をひとりで育てていく上で一体何をするべきなのかを模索しているところだ。



●●の母親と義父の主な行動パターンはこうだった。

期待しない、貶める、孤立させる、操る、支配する。


山小屋での最後の日、前触れもなく怒鳴り込んできた実の母親と義父を前に、いつも調子よくヘラヘラとしていた●●はその大きな体を硬直させて棒立ちし、叱りつけられた幼子のように青ざめて口を閉ざし、怯えて、私や子供を守ることすらしなかった。
●●の本性を知る前だったので、この人はこうやってどれほど傷ついてきたのだろうと、哀れで仕方がなかった。



これを見て、脳裏に浮かんだのはよく聞く俗説だった。

親が離婚すると子供も離婚する、

母子家庭で育つと非行しやすい、

親の再婚は子に悪影響がある

等々。


母子家庭で育った私も長年にわたり苦しめられてきた、確固たる根拠無き偏見、生産性のない俗説。世間が口々に言い、思われてきたこれらの言葉は、具体的になにが悪いのか、どうしたらいいのかを示していない。環境が、親が悪いからだといった曖昧な言葉でしか表現できない人が多いだろう。

そしてまさに当事者であった私も、ただの傾向を示すだけの俗説だと、そこで思考を止めてしまっていた。



では、これまでなぜ片親では十分な子育てをできないという傾向が示されてきたのか。
ここに自己愛という概念があれば、ある程度の説明ができるようになり、つまり偏見のような俗説に対して多少ではあるが生産性を与えることができる。

負のループを断つ道筋を手繰ることができる。



ドイツの精神科医、ハインツ・コフートの自己愛論を知ってから、精神というぼんやりとした概念が、私の中でハッキリと形を得たような気分になった。


自己愛とは親を起源に、身をおいた環境により形成されたものだ。
いかにして失敗をしたか、成功をしたか、周囲の反応、自分の応答。そこから自分に対する愛という土壌ができ、自尊心や自信という芽が育つ。


この自己愛という概念に、●●の辿ってきた人生を当てはめると、一人で子供を育てることに何がどうして必要なのか、紐とくことができるのではと感じる。



幼少期における●●の体験。

学校にとけ込めないという失敗
→母親の不干渉、義父の叱責
→登校拒否

家族にとけ込めないという失敗
→母親の不干渉、義父の追い出し
→家出

失敗を経験し、寄り添う相手がいなかったことによるバランスの崩れが許容範囲を超え、放置されたまま●●は大人になった。

そして

浪費をやめられなかったという失敗
支払ができなかったという失敗
→債権者からの取り立て
→逃げる


家族にすべての嘘がバレたという失敗
約束を守れなかったという失敗
→私からの拒否、別居される
→逃げる


失敗→他からの否定→逃亡という、
環境は違えど同じ行動を●●は大人になっても繰り返し続けていた。


あなたは素晴らしい様々なことができる人間なのだと、
その手に何だってつかみ、未来を切り開くことができるのだと
自分を信じさせてくれて、愛してくれる相手が、誰ひとりいなかったことが●●の不幸だった。


では、
人生のスタート地点にいる私の子供に、近い未来起こるであろう失敗はなにか。

おもらしをした、
数字や文字を覚えられない、
言いつけを守れなかった。

そんなときに、

自分ならできる。
力と可能性に満ちた存在という、自己に対するイメージを子供に抱かせる。
これを不屈の精神に繋げ、
失敗したときの行動パターンを、
逃避ではなく成功への欲求へとシフトチェンジさせ、
成功の喜びを体験させてあげることが大事なのだ。


ではどうすれば子供が自分を信じられるようになるのか。


例えば、

好きな有名人が使うコスメが売れる。
あの美しい人が勧めるなら素晴らしいものだと絶対的な信頼を感じる。
使うとやはり素晴らしくて、愛用する。


これを自己愛の成り立ちに置き換えると、

有名人は親や家族などであり、
有名人の美しさは子供が抱く親へのイメージであり、
コスメは子供自身であり、
素晴らしい使用感は成功体験で、
愛用が自己愛だ。



子は親から、
素晴らしい人間に認められているのだという充足感を。

親は子から、
信頼、愛、成長の喜びを受け取る。

こういった交流が子供のすこやかな成長へとつながるのではないか。



しかし、この説を一人親の現実に置き換えることが難しくて、前述のような偏見が発生し続けているのだろう。

子供の性格や状況を親が理解し、寄り添ってあげなければならない。
片親になったことで気づきが発生する回数が半減し、問題は倍増する。
仕事、家事のさなか、日常の至る所に潜んでいる答えなき問題を、見つけては柔軟に対処していかなければならない。



実際、●●の母親はそれができなかった。
そして利己的な男を家庭に入れてしまった。
母親は男へ依存し、男は血のつながらない息子をオスの本能で疎み嫉妬し、●●の失敗にほくそ笑み、母親の息子への愛が失望に変わるよう操った。

母親がどこかで少しでも気づいてやれば、金と男以外に目を向けていれば、未来は違ったはずだ。



一人親の家庭は不安定で、どうしても他者からの精神的な補いが必要なのではないかと思わざるを得ない。
祖父母、親戚、友人、専門機関、公的サービスでもなんでもいい。

離婚したことへの罪悪感、
援助されることへの罪悪感、
世間体への恐れ、
メンタルケアに対する恥じらい。

無駄なものは捨ててやる。

子供が進学し、
就職し、
結婚し、
孫ができる、
そんな多くの喜びを積み重ねていきたい。

そして私の命が終わるときに、
自分なりの満足を胸にしていたい。

果ての見えない道のりが目の前に広がる。