生きた証が残せるのはそれなりの才能がやっぱりあったから。
努力をすればとか。
都合よく色々言われるけど。
この脚本を書いた三谷さんも努力だけではなく才能があるからこそできる演出だと思う。
努力努力とゆうけれど、それでできることばかりではない。
頑張ろうが努力しようができないものはできない。
覚えることができない頭では覚えて何かをすることはどんなに努力をしてもできない。
話が理解できないものはどん何努力しようが理解ができるようにはならない。
なん十辺同じものを読んでも理解できないものは理解ができない。
それを努力してないとか、非難否定しかされないのが世の中。
頑張ろうが努力をしようがそんなものは結果が出なければ誰も認めてはくれない。
真田丸とてもよかったと思った。
でも、才能がない、一般レベルの頭脳も持たない人間には何もできないんだなとゆう現実が物凄く思い知らされた番組だった。
否定的と言われるけど、何もできないことに苦労してない人には理解はしてもらえないのだろうと思う。
見た目に障害があればみんなそうして接してくれるだろうけど、そうでなければ。
人の話も聞いてくれる人はいない。