死にたい。
そんな気持ちもある。
誰が助けてくれるわけでもない。
自分で何とかしなければならない。
でも助けてほしい。
あっちもこっちもそっちもそこもかしこもやってもやっても行き止まり。
泣きたい・・・死にたい。。。。
どこかにかすかでも何かないか希望がないか。
探し彷徨いもがいてる・・・
誰かが助けてくれるわけではない。。。
でも・・どこかに希望の切欠があるはず・・・それを見落としてしまったのか・・・
この先にあるのかそれはわからないけど。。。
もがいてる・・・・無駄なのかもしれないけど
溺れるものは藁をも縋る・・・
そういえばちょっと前に鉄腕ダッシュの雪だるまみた
あれよかったなw
男馬鹿なのか
あんな馬鹿がしたい。あんな馬鹿になりたい。
信じられる友達がほしい。
信じられる人がほしい。。
表面だけじゃなく。
死にたいって言ったら今ここに馬鹿やろうって怒鳴りつけにきてくれるようなそんな人間と知り合いたい。
表面上の付き合いはいらない。。。。
言葉を交わす事もないペタだけの付き合いもいらない。。。。。
たとえそれで命を落とすことになっても手をとるためにそこにいけるだけの想いをぶつけてくれるそんな人が一人でいいからほしい。
それに近い関係があった先輩がいた。
私の後輩の子は女性で社内でもかなり評判の子だった。
私は女性としてはやはり見る事もなく唯一の後輩だった。
恋愛感情からではなくただ人としてなにかあれば守るためなら人でも殺すその気持ち覚悟を持っていた。
その先輩はお前ならやるね。それが私をよくわかってくれている証の一言だと思った。
守りたいもの、守るべきものに対して法は関係ない。
普段は赤信号であれば決して渡らない、道路は右側を歩く。
それが当たり前で当然だと思っている私でもそうわかってくれる人が何万分の一でもいる。
そしてそんな人と巡り会えた奇跡世の中には必然とゆうものは普段はつかうことがないがこれだけはありえると思っている。
「絶対」
どんなに確率は低かろうと必ずどこかに奇跡的に人を己を救ってくれる人、可能性が存在していると思っている。
だからこそ人はこうして反映をしてきたのだと思うし、これからの未来もあるのだと思う。
残念ながらそこまで自分を維持することができなく残念な決断を下した人も数限りなくいたと思う。
そんな人にわずかでも切欠ができる切欠になればいいと思うし、自分自身その切欠がほしい、・・・先輩の連絡先を書いた連絡先帳がどれだかわからなくなってしまったために何年も連絡が取れなくなってしまった今を非常に後悔している。
でもどこかにその切欠があるはずだし、今こうして書いたことで誰かが感じ取って誰かの心に届いてくれることを心より願います。
成人式を迎える前に3人の友人が自殺とゆうかたちで尊い命をこの世から消し去りました。
献血ルームで献血もしないで雑談に興じお菓子を食べジュースを飲んでいる制服姿の高校生を見ると正直はらわたが煮えくり返ります。
そのための場所でもそのために用意しているものでもありません。
面白半分にアメーバーで献血の事をブログネタに取り上げていたのもあまり面白くありませんでした。
その先には人の命があるのです。
いいことした気分が味わいたいからそんなことで記事にされることは悲しいです。
どこから人間はそんな風になってしまったのでしょうか。
面白おかしく生きていければよいのでしょうか。
私の心を深く傷つけ今なお悩ませそんな世の中に希望が見出せず情けなさ辛さ悲しさをどうにもできずに受け入れる事もできずこのような世の中に生きていけない死にたいと思う気持ちを際立たせてくれる世の中の象徴です。
どこかに答えがあるのでしょうか・・・
こうして何度も消したパソコンを対上げてまでこんなことを書かなければならなくなる事がなくなることがあるのでしょうか。
ペタ・・・いらないです。
ただ印だけ残すペタいらないです。
何を思って何を感じてくれたのですか?
死にたい。仕事いきたくない。ニートもある姿だと思います。
ニートだからいいますが、自己中な意見でしかないですよね。
ちょっと前は秋葉系はオタクの象徴で偏見の対象でした。
ずべて自己中な考えから生み出され作られたもの。
よく言えば大人の考えでその実は自分勝手身勝手な考えでしかない。
その証拠が自分たちがやってきたはずの子供の行動が理解できず頭ごなしに怒り、怒鳴り殴りつけ、逆は何が良いのか悪いのかもわからず、電車の中で大声で叫ぼうが走り回ろうが怒る事もしない。
自分がよければそれでいい、自分の意にそぐわなければ全否定。
ニートになるにはそれなりの過程も理由もあるのにそこには一切の理解も示さない。
頑張ればやればできるは誰でもそうではない。
自分ができるやれたことは他人でもできるやれることではないのは理解できない。
そして差別。
子供の目線に立って子供と向き合い子供と話し合うことができているのだろうか。
私ができているか?聞くまでもない。できてなぞいない。
それを聞くことがすでに人を見下しているしそうしようとは考えていない証でもある。
ここでそうだね、そうして子供の話を聞いてみようと思うのならわたしの話もなるほどと思って反論などはしてこない。
そういった人たちばかりであるなら私もこんな感情を抱かないで済んだであろうしここにこうして書く事も悩む事も模索する事もなかったであろう。
誰かが助けてくれるわけではない。それはわかっている。
でも誰かもしくはどこかに切欠が必ずあるはずだと思っている。
あちらもこちらもあちらこちらに手は伸ばしてみた。まだまだまだまだまだ足りないかもしれない。見落としてきてしまっていたかもしれない。
どっかなにかの切欠をとにかく少ない時間で拾わなければ。
そういえばここのブログネタにもあったが寝付けなくて残り3時間貴方はどうするなんてネタがあって書いたが3時間も寝れるだけ贅沢だなって印象がありそんな時間あるならお酒飲んで寝ると書いたが不評だったw
今3時半を過ぎているが仕事に出かけるのは6時だ。
3時間も寝る時間はない。
そんなにも寝る時間があるのになんと贅沢な話なのだろうかと思う。
いろいろ悩んでればこのぐらいの時間は普通じゃないかなと思うが。
1時ぐらいで寝れると早く寝れたなって思う私からしてみれば3時間で悩むことはない。
世の中そんな人は少なくないと思う。
それだけ寝れるだけ贅沢だと思うべきなのではないだろうか。
もっとも休みだった昨日は12時間以上眠り続けていたけれどw
それでもやらなければならないことがあったから起きなければならなかっただけで疲れがとれたとか十分に寝たとかじゃなく起きなくあならなかっただけ。
寝たい眠り足りない今でも眠いのは解消されたわけではない。
この辛さから考えれば死んだ方がマシなのはどれほど強い願いなのか。。。。
3時間も寝る時間があって悩んでいる人にはわからない世界だと思う。
とにかく1時間半でも寝ようと思う。
誰かどこかに何かが届くもしくはブログに関係なくとも少しでも切欠があって寝ることができるようになるとか気持ちが楽に慣れればと切に思います。
せめて死にたいと思わなくなるレベルまでだけでもw