不幸も幸福も同じだとおもう。
なにが幸せで不幸せでない。

障害持たれている方も
健常者も、
みな同じなんだ。

オリンピックでメダルとるような人も、
そうでない人も、
みな同じなんだ。

どれが幸せで不幸せとかいえない。

一般的に、“いわゆる幸せ”?は、
(テレビドラマの“そして誰も~”の観想~でもあるんだが…?)

そして誰も信じられない…。
幸せと不幸せとかは、人を信じることが多いか?
人を信じられない?かで、
いわゆる一般的に幸せを感じるかが決まる気がした…。

あと、単純に、これ、食べたり飲んだりしていれば~?
健康になれる…?みたいな?
サプリ~(企業の商品)も、
“それ信じられない”と、手に取ることもしない、
“疑心暗鬼~?”でも、手に取って、偶々、それが、
身体に合えば…?
“信じる~?”
そのように、
物でも人でも、
“信じる~こと”が出来る人は、
“幸せ”なにだとおもう。
例えば…?
騙されていても、
“幸せ”なのかも知れない…。
幸せになるには、
騙されないように、知識も必要なことではあるが、
企業の商品を一寸でも試しても良いかも…?
という“気持ち”のゆとりというか…?心の度量も大切かも。

企業の商品を一寸でも信じることが出来ない…?
には、大昔、きっと、会社をのっとられた…?とか、
企業の裁判とか迄やって生きてきた…?とか、
人を信じて裏切られたとかが、
その人の判断上…、たいせつなところで、
心をねじ曲げられて、
幸せになるきっかけを失ったかも?知れない…。