かくしてそれまではバランスと多様化によって維持されてきた自然体系にまったくこれを無視するタイプの単一生物が出現してしまった。これはちょうど体内にできた癌初期の形態とそっくりである。いったん増殖が始まるとそれは止まらない。まわりの組織を破壊してもお構いなく癌細胞はどんどん増殖する。

しかし人類のすべてが一方的増殖に向かっていたわけではない。種としての危機をすでに感じ取っていた人々、ブッダ、ソクラテス、キリストなどは、欲の増大や止まらない攻撃性に警鐘を鳴らした。だがその支持者はごく少数派にとどまり、原始集団の間はよく理解されていた彼らの思想も、世の中に広がり大きな教団ができたりするとたちまちのうちに形骸化してしまった。

宗教家たちの呼びかけが外的な抗ガン剤だとすれば、攻撃性を抑えるには最新の科学技術による薬剤や外科による方法がある。ただすでに前頭葉切除手術によって広く理解されているように、生物学的性質を変えてしまうことは同時に本来人間の持っているほかの大切な性質も奪ってしまい、人間性そのものが別のものに変わってしまうだけである。

かくして人類はその進化の袋小路にやってきた。後戻りをすることはできない。少人数グループとして攻撃性をうまく抑えたコミューンを作ることは可能かもしれない。事実ニューギニア原始人などは何万年もの間、同じ生活を続け滅びもせずといって進歩もせず同じ状態を維持することができた。