なんという写真でしょう・・明日、出撃の5人です。
<ほがらか隊>

「神風特攻隊」日本人なら誰もが聞いた事があるはずです。
今でいえば高校2,3年生の若者が自ら爆弾を背負って帰らぬ人となったのです。
彼らはその戦争がもう終盤にさしかかり勝ち目のない事を承知していたようです。
講和条件をよくする為の最後の日本民族の「誇り」ともいうべき行為ととらえて旅立っていったのです。
後の残された「家族」「50年・100年後の日本民族」の為に旅立っていったのです。
賛否両論様々な見解がありますが、彼らの勇気に「日本人魂」を感じます。
特攻隊員の遺した遺書
"会いたい、話したい、無性に。"
"父さん、大事な父さん母さん、大事な母さん永い間、色々とお世話になりました。"
"人生五十年、自分は二十歳迄長生きしました。残りの三十年は父母上に、半分づつさしあげます。"
"お母さん、よく顔を見せて下さい。しかし、僕は何にも「カタミ」を残したくないんです。十年も二十年も過ぎてから「カタミ」を見てお母さんを泣かせるからです。"
"教え子へ教え子よ散れ山桜此の如くに"
"清は微笑んで征きます。出撃の日も、そして永遠に。"
"笑って散ってゆきます。お母さんも泣かずに喜んでください。"
"父ハ スガタコソミエザルモ イツデモ オマエタチヲ ミテイル"
"私がやらなければ父様母様が死んでしまふ。"
"人は一度は死するもの、悠久の大義に行きる光栄の日は今を残してありません。父母上様もこの私の為に喜んで下さい。"
"生と死と何れの考えも浮かびません。"
"お父さんの方が後になり変になりました。一足御先に失礼します。"
"亡き兄さん江極楽の兄弟酒を偲びつつ"
"咲くもよし散るも又よし桜花"
"人間一度は死するものなり、黒か白か二つの内一つなり。白き箱にて、帰りました暁にはどうぞ、花の一枝でも上げて下さい。"
"父恋しと思はば、空を視よ、大空に浮ぶ白雲にのりて父は常に微笑で迎ふ。"
"「マサノリ」 「キヨコ」 ノ オウマ ニハ ナレマセンケドモ フタリナカヨクシナサイヨ"
"素子が生まれた時おもちゃにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教えて上げます。"
"今はもう全ての俗念も去って、すがすがしい気持ちです。"
"あの時お母さんと歩いた思い出は極楽へ行ってからも、楽しいなつかしい思い出となる事でしょう。"
"幸福のうちに轟沈を期す"
やはり家族への思いがほとんどですね・・・
やりたい事が山ほどあったことでしょう
「女性」も知らずに死んでいった若者もたくさんいたでしょう
鹿児島県南九州市の知覧特攻平和会館に生きているうちに一度いってみたいです。