鯖江の眼鏡枠に、レンズを入れていました。
レンズは近眼用で、度をいつもの眼鏡より度を-3.0と強くしていましたが、最近、度が強いとかって
遠くが見えなくなりました。
通院している眼科で、視力測定して処方箋をもらいました。
5/27眼鏡屋さんに、持って行って、レンズの入れ替えを発注しました。
度は、いつもの眼鏡よりさらに、ふたつほど、軽くなったものです。
来月、はじめに出来上がります。
鯖江の眼鏡枠に、レンズを入れていました。
レンズは近眼用で、度をいつもの眼鏡より度を-3.0と強くしていましたが、最近、度が強いとかって
遠くが見えなくなりました。
通院している眼科で、視力測定して処方箋をもらいました。
5/27眼鏡屋さんに、持って行って、レンズの入れ替えを発注しました。
度は、いつもの眼鏡よりさらに、ふたつほど、軽くなったものです。
来月、はじめに出来上がります。
アメリカ・イスラエルとイランの戦争が始まってもうすぐ3か月になるところですが、
じわじわと生活用品に影響が出てきました。
シンナーは、当初からホームセンターの棚から消えていましたが、さらに、養生シート
・それからエンジンオイルも最初デイゼルオイルが不足していましたが、
0W-20のガソリンエンジンオイルも棚から消えました。
入荷は、まったく未定とのこと。5W-30とかは、まだ、棚にありましたが、指定
オイルではありません。
戦争が終わっても元の状態・価格・納期は、戻らないようです。
浦戸城 - 観光情報サイト - 高知市ホームページ(観光魅力創造課)
岡豊城・高知城のお城スタンプの城巡りの他に、高知県の城跡は、
浦戸城に行って来ました。坂本竜馬の記念館のところが本丸の上り口でした。
今治城のお城スタンプを押したので、四国で、100名・続100名城で残りは、能島城になりました。
能島城跡に上陸するには、クルーズ船に乗る必要がありますが、土日のみで、日3回のみ。
月曜日の午後は、運航なし。また、押印可能な、今治市村上海賊ミュージアムも月曜日は
休館です。やむなく今治市宮窪公民館に向かいました。
公民館の入り口を入って右側にお城スタンプは、置かれて
いました。来たところの記載メモがあったので、
住所の市まで記載しました。
城跡・島が見える海岸で、能島城を撮影しました。
城跡の能島までは、近そうで泳いでいけそうですが、
潮流が速く難しいようです。
四国でのお城スタンプは、残すところ今治城と能島城の二つとなりました。
今回の城巡りで、残り二つを押します。高知県は、折角きたのに、一泊でけに
して、高知自動車道・松山自動車道と走り、今治城へ向かいました。
今治城も二回目となります。今治城第一駐車場に停めて、入場です
(ここは、一時間100円と他の城跡有料駐車場に比べて格安。ここも、約90分ほどで
見学しました。200円でした。)。
天守閣の入り口で、入場です。瀬戸マーレの裏表紙のクーポン券で、団体割と同じ
420円で購入しました。(天守、御金櫓、山里櫓、鉄御門・武具櫓の共通料金)
お城スタンプNo.79今治城は、天守1階においてあり、押印
しました。
関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。別名吹揚城(ふきあげじょう)ともいいます。
慶長7年(1602)に築城を始め、建造物も含めて完成したのは同13年頃と推測されます。海水が引かれた広大な堀や、城内の港として国内最大級の船入を備えた日本屈指の海城でした。寛永12年(1635)より松平(久松)氏の居城となりました。
明治維新後に建造物のほとんどが取り壊され、内堀と主郭部の石垣を残すのみとなりました。昭和28年(1953)に県指定史跡となり、昭和55年(1980)以降、主郭部跡に天守をはじめとする櫓、門などの再建が進み、雄大な城郭の姿を見せています。
岡豊城跡から次は、高知城です。高知城は、今回で三回目となります。
駐車場は、高知公園駐車場です。有料(最初の1時間370円、以降30分毎に110円)
石段を登り、本丸御殿、天守を巡り約80分で、480円でした。
大手門をくぐり、石段を登っていきます。本丸御殿に入ってから天守に入ります。
入場料として、JAF割(80円引きになる情報は古い情報)が
使えるかと思いましたが、使えず、SDカード割で、400円で
入場しました。
日本100名城No.84 高知城スタンプは、有料入場した後に
窓口に申し出て、スタンプを出してもらい押印しました。
全国にあるお城の中で、江戸時代以前から残る現存天守十二城の一つが高知城です。本丸御殿が天守に接続する形式を残すのは高知城だけであり、貴重な遺構になります。そして、天守からの眺めや吹き抜ける南国土佐の風は、江戸時代から現代に至るまでの歴史ロマンを感じさせる、魅力あふれる城です。
日曜日 土佐の高知まで、遠征です。高知県に入るのは、3回目となります。
まずは、高知道 南国インターで降りて、高知県立歴史博物館をナビに設定しました。
博物館の南側の山が岡豊城跡です。山城で、南は土佐平野が望めます。
続100名城No.180お城スタンプは、歴史民俗資料館の受付にありましたので、押印しました。
岡豊山は、四国を代表する戦国武将・長宗我部氏が居城を構えた場所です。山の頂上部には、詰、二ノ段、三ノ段、四ノ段などからなる主郭部の曲輪を配置し、山の斜面には、横堀と土塁、竪堀群、切岸などといった堅固な守りを見ることができることから、岡豊城跡は四国の戦国期城郭を代表する遺跡として、平成20年(2008年)7月に国史跡に指定されました。
さらに平成29年(2017年)4月、岡豊城は「続日本100名城」に選定されました(公益財団法人 日本城郭協会発表)。
城跡以外にも、高岡郡津野町(旧東津野村)の山村民家(旧味元家住宅主屋1棟)を移設するなど、散策しながら学習できる歴史公園として整備しており、公園内では桜やつつじをはじめ四季の草花も楽しめます。