こんにちは、ごんざえもんです。
うつ病が発症し始めたころ(初期)の様子。
初期、体調や心がおかしくなりだした時の環境の変化と現実。
うつ病の引き金となった問題は色々ありますが
私の中でキッカケとなった大きな3つをあげます。
①職場で部署の移動→今までしていた仕事から外される
②子供の保育園卒園時期が間近→小学校へ向けての準備
③4か月ほどお付き合いした彼に別れを告げらた→彼のいない生活
1つ目・職場での出来事から今日は書こうと思います。
≫≫ ①職場で部署の移動 ≪≪
勤め始めて5年近くなる会社、準社員として9時~17時まで事務職で働いていました。
ある日朝会社へ行くと、私の任されていた仕事の経営状態が良くないとのことで、
急に今までと全く違った部署へ移動となりました。
上司からは "内容は後日話す" とのことで詳しい説明はなく、デスクワークがメインで働いていた私でしたが、デスクに座らせてもらえるわけではなく、立ち仕事となる検品作業へと変わりました。昨日までデスクワークをしていた私からすると何とも不自然で屈辱的な状況でした。
1週間ほど経ちおおまかに、経営状態が良くなく赤字であったと説明を受け
これからは私がしていた仕事は、上司がすることになったからと言われました。
”上司は全責任は私(上司)にあるから” と言って
責任感というか正義感の強い上司の為、私が悪いと存在を否定するような言い方はしてきませんでした。もともとその上司の教えで育った私だったので
そう言ってくれたのだと思います。
しかし私の任されていた仕事なので私の責任には変わりありませんでした。
この時、上司に教わった通りのやり方で私なりに工夫をしながら売上は伸びていたと思っていたので、なぜ赤字になったか経緯を聞いてもしっくりこず、納得はいきませんでした。
その後、上司に変わってからも経営状況は良くならず、今まで手間ひま労力のかかるこの仕事を私一人でしていた事へのお礼や手伝わなかったことへの謝罪の言葉もあり、
経営の事を考えるとその力を他に回して売上の伸びるようにした方がいいと判断され、
私のしていた仕事内容は打ち切りとなりました。
検品作業に部署が変わって1か月ほど経ったあくる日
デスクワークへ戻らないか?と話を受けました。
しかし元の仕事と内容は変わっていて、私の意分野の仕事は一切なくなり
苦手分野ばかりのデスクワーク。やりがいを感じるような仕事には思いませんでした。
その頃の私の心境は、また同じように会社に迷惑をかけてしまう・・・
デスクワークの仕事へ戻っても楽しく仕事ができない・・・
やりがいがない・・・自信がない・・・
上司に自信がないことを伝えると、
”自信なんて最初からある人はいない、自信が持てるように自分が勉強するなり苦手なことやわからない所をま学んで自分で克服するべき”
とごもっともな意見が返ってきました。
又みんなに迷惑をかけてしまうと伝えると
”そう思うなら会社に償う気持ちで働いて誠意を見せて返しなさい”
と又々ごもっともな意見が返ってきました。
そうですねとは答え戻ったものの、自信のなさからすんなり上司から与えられた
デスクワークの仕事を今まで通りスムーズこなす事が出来ず、慎重にビビりながらしていました。そのため時間はかかっており、周囲に迷惑をかけているという意識は強くなる一方でした。
子供の小学校入学時期も近かったため、勤務時間の迷いもありその旨を上司に伝えると、
業務内容は ”デスクワーク” か ”検品” の二択どちらかを選んでくれればいい。
会社の方針としては一人が一つの作業を全て一人でこなすといった会社です。
全く違う二つの仕事内容。
勤務時間は自分のやりやすいように母子家庭だから負担のかからないように選んでくれたらいい。と、なんともありがたいお言葉をいただき、その翌朝から上司が又私のでクスワークの作業をすべてこなしていました。
私の自信のなさと迷いから結論が出るまで上司は待ってくれている時間といった感じです。
至れり尽くせりの状況で私のワガママを聞いてくれている状況です。
上司が私に言い渡した ”苦手な仕事” をしてくれていたので、ホッとした気持ちの方が大きかったです。
言い渡されたデスクワークの仕事内容が苦手だということは告げていませんでした。
なぜかというと、私のポジション的にその仕事しかない状況だったからです。
デスクワークに比べると検品は単調作業のように感じ、やりがいは減りますが
なかなかの重労働となるものです。
しかし、、、このころから徐々に ”うつ” の症状は出はじめ
勤務時間が決めれない
業務内容が決めれない
といった感じで時間だけが過ぎていき、
ズット結論を出すことやデスクワークの仕事から逃げ、
上司と極力会話する時間を減らし、自ら検品作業を多くこなしていました。
すると見かねた上司は
”●●日までに答えを出して欲しい” と期日を告げられました。
簡単な選択なのかもしれませんがこの頃の私には決めれず
色んなことが頭をよぎるので結論が出せずにいました。
たとえば・・・
苦手な仕事をこなす自信のなさ。
デスクワーク作業も以前とは似ているが、また1から新しいことへのチャレンジをしなくてはいけない仕事内容、全責任を負わなくてはいけないことへの不安。
検品を選んだとしても私一人で全作業の責任を負わなくてはいけない不安。
勤務時間が短くなったら社会保険が外される。
外れたら役所に手続きを行かなければ。
そのためには平日休みを取らなければいけない。
給料が減る、貯金はできなくなる。でも子供との時間は増える。
金銭的余裕が減り切り詰めた生活になるのは目に見えているので
子供にとってはどれが幸せなのかがわからない。
今まで通りの時間であれば、小学校へ通うようになれば朝は早起きになったり用意する事が
増える中で家事をこなすことが苦しくなる、余裕がなくなる、
でも母子家庭ならそのくらい我慢しないといけないのか・・・など
勤務時間・初めての学校生活、どういった行事かあるのか、
どういうスパンで行事に合わせて仕事の休みを取らないといけないのか、
子供は何時に帰宅?
経験したことのない内容に見通しが見えないことへの不安。
全てどうしていいかわからない。
この頃の私は不安要素だらけで何度考えても選択することすらできない状況でした。
しかし迫る期日、焦る気持ち。考えれば考えるほどまとまらず、
現実逃避して一日を過ごし、夜になり寝て忘れ、朝になったら結論を出すことへの恐怖に襲われる。朝立ち上がって身支度をすることさえ、仕事に行くことさえどんどん億劫になるほどでした。でも意地で休んではいけないといった思いがあり何とか通っていました。
期日の日が来ても頭の中で結論は出せていませんでした。
約束の日上司からどう?結論はでた?と聞かれ
土壇場で出した結論は ”現状維持” でした。
勤務時間の変更もなく、仕事内容も初めに上司から提案された苦手なデスクワークといった状況です。
散々上司に待ってもらったのに自分は納得のいく結論が出せなかったので
とりあえず ”現状維持” これも正しい答えなのか、
間違っていないのか、ずっと自分に問いかけていました。
そして自分の出した答えではないようにも思えていました。
たぶんその答えが間違いだったとして、後から苦しい思いをした時に
誰かのせいにしたい自分の気持ちもあったんだと思います。
次回へつづく ≫≫≫