頭が真っ白になった。
微動だにできなくなってしまった。
体も心も完全にフリーズしている。
iPodがフリーズしたのなんてかわいいものだ。
この広々としたスワンナプーム空港で、
たくさんの人が行き交い、
自分だけが静止している。
そして、エアコンが効いているはずの空港で、
汗がだらだら流れてくる。
どうしよう。ない。ない。ないーーー!


ジーパンのポケットがドラえもんのポケットだったら、
どんなによかっただろう。
しかし、現実はドラえもんのポケットではない。
だいたい、ドラえもんのポケットがあったら、
飛行機なんか乗らずに、
「どこでもドア」でバンコクに来られるじゃないか。



スーツケースの鍵。



確かに、自宅を出る時にジーパンの右ポケットに入れたはずだ。
あの、先がとがった感触を自分の足が覚えている。
そして、スワンナプームに降り立って、
自分のスーツケースをピックアップするまで、
ポケットの中にあると思い込んでいた。


大変なことになった。
しかし、困っているだけでは解決しない。


冷静に考えた結果、
機内のシートに落としていたのではないかと推測した。
空港の職員をつかまえて、
航空会社と便名と座席を告げ、
鍵を忘れたかもしれないので、調べて欲しいとお願いした。
職員のお姉さんは、トランシーバーでやり取りをしてくれて、
捜索が始まったが、なかった。


おい、ちゃんと探してくれよ、と失礼なことを思っていると、
あっちのインフォメーションに相談しろ、とのこと。


あっちのインフォメーションに行って、同じお願いをする。
すると、案内の兄ちゃんが笑顔で「マイペンライ」。
この笑顔、そして「マイペンライ」って何だよ、と思いながら、
ついて行くと、到着したのが遺失物を取り扱っている部屋。
俺の鍵が届いているということか?


兄ちゃんが担当の人たちと話をして、始まった作業。
それは、山のようになって箱に入っている鍵を
ひとつひとつ差し込んで試していくという、
果てしない作業だった。
そんなので開くわけない。
俺は、てっきりマスターキーとかで開けてくれるのかと思った。
俺のスーツケース、サムソナイトだぞ。
空港にマスターキーありそうじゃねえか。
そんな作業が1時間続いた。


「もういいよ、ありがとう。
市内に行って、バック屋さんにでも行って、開けてもらうよ。」


何も収穫を得ず、バンコク市内に向かう。
貴重なバンコクタイムの1時間をムダにしてしまった。