#太極十要論:#王宗岳 #太極拳論 #揚澄甫 #太極拳譜 | Gon のあれこれ

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読後感、好きな太極拳、映画や展覧会の鑑賞、それに政治、ジャーナリズムについて、思いついた時に綴ります。

 

陳式心意根元太極拳の始祖、故憑志強老師は「太極拳には、武術、内功、養生の三側面がある」と指摘しておられます。

 

太極拳は武術としては、銃火器などの出現でその効用が低くなりましたが、反面養生(健康面)での効果が明らかになり、現在は専ら「健康太極拳」の要素が強くなっております。

 

しかし、本来武術として始まった太極拳ですから、太極拳の要訣も武術面から考えると理解しやすくなります。

 

私は武術とは目的が明確であり、方法論の良しあしがすぐにわかるゆえに本来シンプルなものであり、シンプルであるがゆえにその奥深さを日々の鍛錬で極めてゆくものと理解していますので、以下の解釈も出来るだけシンプルに述べたいと思います。

 

18世紀に書かれた王宗岳の「太極拳論」は太極拳の功夫をする者の言わば聖典ですが、その中に「力の強い者が弱い者に勝ち、鈍い者が速い者に負けるのは先天的に備わった自然の能力によるものであり、決して功を練って得られた実力と能力では無い。太極拳の歌訣にある”四両(わずかな力)で千斤(非常な重さ)を撥く”の一句をよくよく考えよ」とあります。(この部分は李天驥”太極拳の神髄”訳より)

 

わずかな力で重い者を撥ねる、とはどういうことか。

それは、相手のバランスを崩す事が出来れば、ほんのわずかの力で押すと相手は倒れる。逆も真でこちらのバランスが崩れれば彼我の体重に関係なく倒れる、ということ。

つまり太極拳とは身体バランスを養い、相手の身体バランスを崩す術、と言ってもいいでしょう。そしてもう一つ付け加えるならば、相手と戦うとき、こちらは心身の消耗を防ぎ、あいての心身を消耗させることが出来れば以弱勝強、弱をもって強に勝つ、ことが出来ます。

 

太極十要は諸説ありますが、最も膾炙されている内容を以下に記し、

たとえば揚澄甫の十要論などを最後に補記します。

 

要訣の第一、虚領頂頸とは領(うなじ)を虚(緊張せずリラックス)にして、頭を頸椎の頂に乗せよ、と言うことです。

頭部の重さは体重の10%前後と言いますから、6~7キロはあるでしょう。試みに頭を前に突き出してみれば分ることですが、その姿勢で動作のバランスを取ることは難しく、また頸椎に余計な負担がかかります。虚領頂頚で首から下の身体を動きやすくするのです。

 

要訣の第二、含胸抜背は函胸抜背と書かれている場合もありますが、結論から言えば、呼吸のしやすい胸の状態にせよ、と言うことです。呼吸は全身に酸素を供給するスタミナの源ですから、これが整わなければすぐ息切れする。これも試みに肩を後ろに引き胸を張って、つまり威張った姿勢にしたり、猫背になって呼吸してみるとその苦しさが直ぐ分るでしょう。

私の場合少し猫背の気味があるので、虚領頂頚から胸椎上部をまっすぐにして後、吐息とともに肩をほんの少し落とした時に抜背が得られます。

ある伝統揚氏の中国人老師は「胸を広げる」(つまり函胸)という言い方をされますが言わんとするところは同じだと思います。

 

要訣の第三は身体の上からの順でいくと、沈肩墜肘となります。

試みに肩肘を上げて万歳の形をとれば、血圧が上がります。

血圧が上がれば息も上がり、戦いに不利なことは自明でしょう。

脇をギュッと締めると同様に血圧が上がります。脇を緩めよ、も同様に気血の流れをスムースにする要訣です。

万歳の形は武術的に隙だらけになります。

以下の挿入図を見れば分るとおり、急所は身体の中心部にあります。

これを上肢を用いて防御するには肩肘が下がっていなければなりません。中心をとる、とは合気でも剣道でも言われますが、同じ意味です。

また背面にも急所はありますが、それを守るには、後ろをとられないようにするしかありません。当然のことですが、武術の心得のある人は後ろに回られたり、通られたりするのを嫌がります。

 

我々の筋肉の7割は下半身にある、と言われます。

その下半身の持っている力を相手との接点にいかに伝えるか、

これは日々の鍛錬の課題でもあります。

子供を抱っこしたとき、子供が寝ているときが一番重い。つまり余計な力を加えていない、放鬆(ファンソン)の状態の時が相手に最も自分の重みを伝えることが出来る。下半身に余計な力を込めずに下半身の力を相手との接点に繋げること、これが「上下相随」と理解します。

陳式では「纏糸勁」といって足首かららせん状の勁の上昇している図をよく見ますが、頭の中でイメージすることは出来ても、今の私に実現できるとは思えない、未知の領域です。

 

先に身体バランスの事を述べましたが、太極拳は身体の「動的バランス」を養う訓練です。静的バランスの一例は「ヨガ」。太極拳では「静止」はその時点で相手に伝える力(勁)が消失してしまうので、「連綿不断」が求められます。連綿不断に動くには、息を整え、心を整え身体を整えることが必要になります。

また、動的バランスを鍛えて、できるだけ要介護にならないで日常生活を生き生きと生きるには太極拳はとてもいい運動です。しかも自分の体力に合わせて始められるので年老いても、いつまでも続けることが出来ます。

 

よく女性の方で太極拳を始めた時、膝を痛めるケースがあります。

大概は膝を屈折するときに使う膝回りの筋肉が弱っていたり、子供の時から正座をして膝回りの筋肉が伸びきってしまったケースです。

そうした場合は、膝をつま先から前に出さ無いように心がけて練習し、日頃から大腿四頭筋を負荷の低いところから始めて徐々に鍛えるのがよいでしょう。この点で日本の太極拳老師、特に女性の老師が勘違いしている人がいるのは、静的ストレッチを準備運動にしていること。

青山学院が駅伝で強くなったのは、静的ストレッチを、動的ストレッチに変えて故障者が少なくなりメンバーが揃った事だと言われます。

中国人老師で静的ストレッチを長々とやっている人に遭遇したことはありません。時代遅れです。太極、陰陽にも反します。筋肉は伸ばせば縮む力が生まれ、縮めば伸びる力が生まれるのです(開合、展縮など)。筋肉は先ず何より弾力性や回復力が大切です。それを失うような準備運動は却ってマイナスです。

 

再度身体バランスの話に戻りますが、身体バランスの要諦は「立身中正」と言われます。立身中正は換言すれば体の中心軸を意識して、これを動作の軸とする事でもあります。コマの回転を観察すればわかるように、中心がぶれているとコマは直に倒れます。

相手との接点は肩(靠ーカオ)肘、掌、拳とありますが、体軸に近いところから発する力(勁)が最も強いのはもちろん、中心軸から回転して出る力は力を入れずとも相当の威力があり非力なものの武器です。

前後左右上下に動くとき、体軸を意識して動くとバランスが得られます。

 

問題は、我々の身体はいろいろな歪みを持っている、立身中正や中心軸の形成は妨げられている、と言うことです。

例えば蹴るときに右足でける人は左足が軸足になりますが、長時間立っていたり重い荷物を肩にかける時は左足左肩に掛けるようになって、我知らず左肩が上がっていることが多い。

左右の視力が違うことも両眼が平行(平目)にならない原因です。

また長時間子供を抱っこしたりすると体が歪んで来ます。

スマホやパソコンの画面をのぞき込むように見ていると、癖がついて虚領頂頚がなかなかできません。

若いころ熱中した草野球、壮年で始めたゴルフなども、前後に十分な全身運動をしなければ、身体の歪み、癖として残ります。

後ろから見ると左右の肩がどちらかに歪んでいる方が結構います。

この矯正には大きな姿見で、両目、両肩、両股関節が平行になっているか否かをチェックし、自分で修正するより他ありません。

 

太極十要には「鬆腰」というのがあります。放鬆とはリラックス、余計なところに力を入れないことですが、どこを緩めるのか。

つまり腰とはどの部分を指すのかと言うと、ウエストから腰椎が骨盤に乗るところと解します。(講談社中日事典ではウエスト、胴回りとなります)

リラックスの感覚を得る最も簡単な方法は、うんと力を入れて吐息と共に力を抜くことで得られます。リラックスした時が最も敏活に動けることは多言を要しないでしょう。

 

次に「気沈丹田」、気を丹田に沈める、と言うことですが、相手の挑発に乗ってカッとせず、「沈着冷静」が武術に大切なことは当然です。

丹田は以下の図で「下丹田」を言いますが

血を頭に上らせないように、下丹田で相手を見ているかの如くせよ、

という老師もいますが、下丹田の位置は概ね身体の重心近くでもありますから、ここに意識を置くことは身体バランスの面で有用なのかもしれません。「気」の話を始めると長くなるので止めますが、人体解剖してもその存在の確かめられないものは存在しない、というような科学実証主義的立場に立つと、精神も魂も、あるいは経済学の長期波動論も「無用」なものになりますが、概念として「気」を想定することによって我々の生命活動がよりよく理解されることがあれば、それはそれで有用な概念といってよいと思います。

現時点で「気」についての労作を以下に紹介します。

 

 

 

上に借りた図は、練丹術の気功「小周天」ですが、丹田の位置はへそ下から恥骨の間。男性では精のうから精管のあたり、女性では卵巣から子宮のあたりでしょうか。練丹術は、伊藤光遠著「錬丹修養法」で紹介しましたが、著書が絶版の様子であり、機会を得てもう少し詳しく紹介しようと考えております。

 

 

 

銭育才老師の「太極拳理論の要諦」

 

 

では、その各論で「放鬆」「立身中正」「虚領頂頚」「気沈丹田」

函胸抜背」「沈肩墜肘」が述べられておりますが、太極十要では残りは「内外相合」「用意不用力」「動中求静」となりました。

 

太極拳は「意を以て気を導き、気を以て身体を導く」。

つまり、意ー気の内から身体の外を一つにして動く、という要訣が「内外相合」と言うことになります。

試みに相手の肩に自分の片手を乗せて力を入れて踏ん張ってみます。しかし相手が自分の片手の上から下に押さえつけられると踏ん張り切れなくなります。今度は力を入れずに自分の肩から掌まで気を通してみます。そうするとなかなか簡単には手が折れないことがわかります。これが「内外相合」の勁の一例です。

套路の練習も、手の位置足の位置などに逐一こだわるよりは、常に意-気を通して動くことを心掛けるべきだと思います。

 

「動中求静」は動中に静を求める。身体は連綿不断に動き、心は平静を保つと解します。動中静あり、静中動あり、と言う方も沢山居ますが、

身体は連綿不断に動くが基本。意を以て気を動かし、気を持って身体を動かす。ゆえに意と気は身体を主導するために静を保つ。

 

太極拳の「拳理」とは

「弱を以て 強に勝つ」

(そのための)

「意を用いて 力を用いず」(用意不用力

と解しています。

冒頭の「太極拳論」で紹介したように、力に、力をもって抗するのでは

力の強い者に百戦百敗します。力の弱いものが力の強いものに勝つには、拙力を用いず、意識・意念を使え、と言うことです。

意識・意念を使うよう心掛けていると、鍛錬はとても疲れます。

中国老師の講習は概ね二時間で、午前午後とする場合にも昼食休憩は2時間半以上取ります。本来的には一日二時間が限度でしょう。

周囲の人と動作を合わせることに気を使ったり、老師の動きに合わせようと努力したのでは意識・意念は疎かになります。

套路を学ぶには前後左右に人がいて倣うのが習うことになりますが、

套路を覚えたら、自己錬が基本。わからないことがあれば老師に聞く、動きが間違っているところを指摘してもらう、というような稽古が最も有益で、あとは独りで稽古するのが良いと思います。

そしてわからないこと、迷ったことがあれば、先ずは自分で「拳理」と「要訣」に照らして解を求める。

既に、充分に「ガイドライン」は示されているのです。

 

これが上達の秘訣だと思います。

最後に競技や資格についてですが、競技で優秀な成績を収めることや段位を得ることが、太極拳練功の目的ではありません。

自分が太極拳に求めるところが、何であるか、

どんな太極拳を目指したいか、

が明確であれば、それに基づいた練功を重ねればよいのです。

 

仲間には段位や教師免許を取るのに汲々し、仲間に負けじ、と対抗心を燃やし、挙句、毎年の納付金に愚痴を言う人達が結構いますが、

残念なこと、時間とカネがもったいないことだ、と思います。

 

太極拳の参考書には、とても「表現」が難しいものがあります。

本来、内的な気づき、内的な理解によって精進するがゆえに、

言葉で言い表すことの困難な事も多いので、やたらと難解になってしまうケースもあるでしょうし、それに「中国語―日本語の翻訳」が加わって翻訳者の理解ないし誤解誤読も加わるケースもあるでしょうから、なかなかに理解することは難しいと言わざるを得ません。

更に文化大革命で、太極拳は伝統文化の一つとして否定され、文献が焼かれたこともあったのですが、そうした経験から、表現をいわば揚げ足を取られないようにこねくり回すこともあるでしょう。

今の習近平体制がどの方向、つまり第二の毛沢東に進む危険性もゼロではないし、文革の騒乱を経験すれば警戒心は根強いでしょう。

 

そこで実際に稽古してそこからつかみ取る方法を勧めているのです。

またこのブログで以下も参考にしていただければ幸いです。

 

 

太極十要論は、揚澄甫(1883-1937)が口述したものを、陳微明が書き記したものがあります。参考のために以下に記します。

虚領頂勁、含胸抜背、鬆腰、分虚実、沈肩墜肘、用意不用力、

上下相随、内外相合、相連不断、動中求静。

分虚実、は四肢の虚実を明確にし、双重になって居着くことを避ける要訣。しかし本来虚である手がバランスを取る上で重要な働きをすることがあります。例えば独立の時の按の手。

 

上記は人民体育出版社の「太極拳 譜」2008年第10版から引用しておりますが、作者不明で以下の身法十要があります。

提起精神、虚霊頂勁、含胸抜背、鬆肩墜肘、気沈丹田、手與肩平、

股與膝平、尻道上提(提肛)、尾ろ中正、内外相合。

尾ろ中正とは尾骨を内に入れて背骨を正す、つまり出っ尻にしないことを言います。出っ尻で壁を押すと腰を痛めます。

ついでに練法十要も紹介しましょう。

不強用力、 以心行気、

歩如猫行、 上下相随、

呼吸自然、 一線串成、

変換在腰、 気行四肢、

分清虚実、 円転如意、

注)一線串成は節々貫串とも言う。

 

最後になりますが、稽古の合間に読む、太極拳について逸話が豊富な本を紹介して終わりにします。

 

 

 

 

参考:動的ストレッチング(youtubeには沢山の画像があります。

自分に必要と思う動作を適宜組み合わせる事で良いと思う)