「戦争は他国に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」
と多産と婚姻関係のネットワークで欧州に広大な版図を築いたハプスブルグ家の収集した膨大な美術品を収蔵し展示するためフランツ・ヨーゼフ一世(1830-1916)が建設した美術史美術館は20年余をかけて1891年開館した。
ハプスブルグ家はナポレオンの台頭(1804)でそれまで有していた広大な版図はオーストリア・ハンガリー・チェコの一部に縮小するが、ヨーゼフとヨーロッパ随一の美貌とスタイルの良さで知られた皇妃エリザベート(1837-1898)の間に生まれた皇位継承者のフェルデナンドがサラエボで暗殺されて第一次大戦が始まり、大戦が国民を巻き込んだ総力戦であったが故に高揚した民族独立の機運もあって事実上崩壊した。
美術史美術館はブリューゲルの「バベルの塔」
やフェルメールの「絵画芸術」
ウイーンで画家としての評価を確立したクラナハの「ホロフェルネスの首を持つユディト」
などの絵でも知られるが、それ以上に美術館自体の建物の美しさで際立っている。
創立120年の節目を機に美術収集室を公開して展示数を大幅に増やし、そのための改修に乗り出す、、、、
それは多額の投資を必要とするがゆえに、その投資回収のためパリやマドリッド、ロンドンあるいはベルリンと対抗しうる美術館へとバージョンアップしなければならない。
そのためのマーケティング。 ポジショニング、ブランド戦略の練り直しが必要になり、
恐らくはこの映画もブランド力強化の一環として映画化に企画・協力したものであろう。
と勝手に推測する。
映画は冒頭部分で、女性が絵を修復しているシーンがある。
それは一見、フェルメールの絵を思わせるような静謐と光に満ちている。
収蔵品のうち「バベルの塔」やハプスブルグ家の多産と婚姻の象徴「マリア・テレジアと4人の息子たち」の絵が登場するが、映画の主題は「収蔵品」というよりは、美術館運営の主人公たち、総合館長や財務総責任者、各部門の責任者、スタッフー修復担当者から案内係に至るまでの、ここで絵を鑑賞する人に対する真摯な努力を提示することである。
これはエンデングで彼らスタッフの様々な働きぶりの映像を出していることでそう判断する。
美術史美術館には1999年、ミラノから始まったスイス、オーストリア、ハンガリー、イタリアのユーレイルパスを使った3週間の旅の途中、9月16日に訪問。
当時のこの美術館での関心はブリューゲルにあってフェルメールには無かったので彼の有名な「絵画芸術」の印象は残念ながらない。
ウイーンではもっと見たかった「分離派」のシーレやクリムトは、ブダペストに一泊旅行した後の19日、ヴェルヴェデーレ宮殿にあるオーストリア・ギャラリーで堪能した。
そのエゴン・シーレ、度々映画化されているが来年一月「エゴン・シーレ 死と乙女」が公開予定。(この映画を見たヒューマントラスト有楽町や東急文化村など)
フランツ・ヨーゼフといえば皇妃エリザベート。
ノイシュヴァンシュタイン城を作りワーグナーを愛した狂王ルートヴィッヒは従甥。
シシーの愛称でハンガリー人には大変な人気であったというが、ハプスブルグ家はすでに黄昏時。美貌に哀しみが加わって彼女の人生を一層悲劇的なものにして、最後はレマン湖の船着き場で暴漢に襲われて亡くなる。
尚エリザベートの生涯はシャンデ・カールの中公文庫版で読んだが今は絶版のようだ。




