今日、宮城県の学校へ心のケアに行っていた仲間の話を聞くことができました
前回も その話を聞いたけれど、今回はプレゼンの被災地の写真とともに、「何度でも」が流れました
「何度でも」
この歌は 「がんばれ」という言葉は使わないで、どうしたら傷つき
打ちのめされた人々の背を そっと 押してあげることができるのか・・・
すごく力付けられる歌です
坂元中学校は、新しい学校であったため(耐震化されていた)窓ガラス一枚たりとも割れず、
学校には被害が出なかったそうです
そこの校長先生の入学式と始業式の言葉から引用させていただきます
歴史上最も大きな規模の津波が襲い、家族が幾世代にもわたり苦労を積み重ねて作り上げてきた
家屋敷と、何物にも代えることのできない多数の尊い命を奪い去りました。
人類が長年の経験と巨額の予算、現代科学のすべてを注いで作った防波堤などの安全対策は、
自然の圧倒的な力の前では何の役にも立ちませんでした。
2年生の○○○○くんは、あの日3月の冷たい波にのまれ、帰らぬ人となりました。
人生には、つらいことや苦しいことがたくさんありますが、へこたれず、前を向いて苦難を
乗り越える強い意志を持って生き延びてほしいと思います。
昨年度の卒業生に寄せて奇しくも「生きていて何が不足」という言葉を書きました。
まさかこのような大震災が直後に起きるとは思いもよらず書いた言葉です。
生きていることこそ、そのこと自体がありがたく、最も重要なことだと思っています。
生き延び、生かされた命です。
これからは、「生き続けること」が一番大切なことです。
不平や不満を口にせず、一分一秒を大切にし、果たせなかった数多くの人たちの分も
一生懸命に生き続けていきましょう。
大事なのは、できるだけ前向きに取り組むということです。
災害からの復興に必要なのは、未来を担う子どもたちの「笑顔」です。
大人にとって、子どもの「笑顔」は何よりのエネルギーです。
苦しくても「笑顔」を忘れず、前向きに過ごしていきましょう。
3月11日という日は、
我々、残されている・生かされている人間にとっては 絶対に忘れてはいけない日です。
これから先も、
被災されたかたがたのために、自分たちには何ができるのか 真摯に考えながら
暮らしていかなければと思います。
心の傷が すこしでも 癒される日が 早く来ることを願って・・・。





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