豊島区『大塚・池袋』のカイロプラクティック -88ページ目

豊島区『大塚・池袋』のカイロプラクティック

カイロプラクティックとは、自然の法則に基づいた哲学、科学、芸術である。それは、手のみによるアジャストメントという方式で、dis-easeの原因となる椎骨の変位を正すことである。

なんて言葉を並べたらいいのか…苦しいけれどシロやマムが旅立った時と同じように、支離滅裂になってしまっても想いを込めて文章に残したいと思う。

昨晩我が家の愛猫、バロンが旅立っていってしまった。。シロやマムに比べると2/3ほどしか生きていない…あまりにも早いその旅立ちに胸が押しつぶされてしまいそうだ。
メインクーンの平均寿命は12年半といわれており、ちょうどその年月で逝ってしまったバロン。でも平均寿命なんてなんの慰めにもならず、どうしても大往生させてあげれた気がせず後悔と悲しみが強く残ってしまった。20年近く生きたシロが死んでしまった時だってあれほど悲しかったのだから、、今回の悲しみの深さは言葉で表現できない。

本当にあっという間に弱ってしまい、一日経った今でも信じられない。少し前までは、五月の試合はバロンの状態によっては長時間家を空けるのは無理だから俺は棄権になるかもなぁとか、今年の夏をバロンは乗り越えられるかなぁ…とか思っていたというのに。だけど数日前から嘘みたいに急降下で弱ってしまい、下手したら今月でも危ないんじゃないかという気がして、猫大好きでバロンのことも大好きなうちの母も今のうちに呼んでおくことにした。弱っている猫を見るのは猫好きからすると心を抉るようにつらいことだから、バロンとも関わりのあった母を呼ぶことは本当は心が痛い。けどバロンは母にもすごく懐いていて、泊まりに来た時など夜はゴロゴロいいながら母と一緒に寝るほどだった。母は『後で後悔したくないから行く』と言ってくれた。
当初は今日の昼頃に来てもらうはずだったけど、昨日の朝の時点で胸騒ぎがして一日早めて来てもらうことにした。その晩胸騒ぎは的中し、嘘みたいにバロンは家族全員が見守る前で静かに逝ってしまった。。僕だって毎日息子達が起きている時間に帰ってこれるわけじゃない。翌日だって休みを取っていて家族全員がいれる時なんて年に数えるほどしかない。そんな日の晩に…まるでそれを選んだかのようなタイミングでバロンは逝ってしまった。。

突然急激に弱ってしまったバロン、頭ではもう長くないだろうということは過去の経験からわかってはいた、、だけど想像よりずっと早く逝ってしまった。限りある時間と感じてからはバロンを見ていると胸が苦しくてたまらなかった。痩せてしまって大人しくしていても、まだ命があって、触れれば感じれる温もりが命そのものだとわかるから…それが愛おしくて自然と涙が流れてくるようになった。

バロンは妻と結婚する以前に迎えた猫。犬派だった妻を、あの日以来突然猫派に変えてしまったバロン。今思うと、あの日あの場所で出会ったことが運命だったんだね。数え切れないほどの猫と人がいる世界の中で出会い、妻の心を溶かしてしまったのだから。
本当に可愛くて可愛くて、、、
自分達の猫ながら、こんなに可愛い猫っているかな?って思うほど可愛いかった。
こんなに小さかったんだなぁ。
この赤い椅子の背もたれに登るのが好きだったり
元気一杯の視線で見つめてくる姿が愛おしくて…
小さい頃はよくこんな風に持ち上げていたなぁ…

こうして写真を見ると愛おしさと同時に悲しみが溢れてくる。溺愛されていたバロンだけど、長男が生まれてしばらくの間はそちらに手がかかるようになってしまった。でもヤキモチなど妬くことなく温かく長男を迎え、受け入れてくれた。
自分を枕にされても毛をむんずと掴まれても、唸ることも引っ掻くことも噛みつくこともなく、、いい子に耐えてくれていたね。


そして長男はバロンのことが大好きで、成長してからは本当にずっとバロンに優しくしていた。
バロンも優しい長男のことが大好きだった。

息子の愛しそうな顔、、
いつの間にか自分より大きくなった長男に甘えるようになったバロン。
こんなに大きかった。
バロンを看取った長男の嘆きは凄まじいものだった。やっぱり男の子で10歳にもなれば、普段は親に泣くところは見せたくなくなる。しばらくずっと見てなかった息子の涙、、親であっても初めて見た息子の悶え苦しみながらの嗚咽。バロンと叫びながら悲しみに全身を震わせて泣いていた。それほど愛していたんだよね。俺はおまえがずっとバロンに優しく愛情を持って接してきてくれて、どれだけありがたかったか…創士、おまえは本当に優しい子だね、ありがとうな。


動物の死ってどうしてこんなにも悲しく、寂しく、愛おしく、、そして後悔の気持ちに苛まれてしまうんだろう。きっと、愛猫や愛犬を喪えばどんな人だって、あの時こうしてあげればよかったんじゃとか、あれをしなければよかったとか、こうするべきだったとか、、、そういう葛藤と後悔に、虚無感と喪失感に胸が切り裂かれるんじゃないだろうか。100点なんて取れない。後悔しないはずがないんだ。命が体から抜けて力が抜けてしまったバロンを抱き締めながら本当は『ありがとう、愛してるよ』という言葉を何よりたくさん言ってあげたいはずなのに、『ごめんね』がどうしても口から何度も何度も漏れてきてしまう。


バロン…おまえのその綺麗な瞳が、
あどけない顔が
何かちょーだいとねだってくる白玉饅頭のような白い手が
気持ちよさそうにうっとり甘えてる仕草が
そのどれもが愛おしくて、もう会えないことや触れれないことが寂しくて悲しくて、、心が跡形もなく焼かれてしまいそうだよ。


そして二男の、誰かのための本気の涙も初めて見た。兄弟二人ともすごく猫が好きで優しい。
風邪引いたり、おまえが泣いている時はよくそばに来てくれたよね。バロンは慧二の心にも何か大切なものを植えて残していってくれたね。おまえがあんなにも泣くなんて思いもしなかったよ。
生まれた時からいたもんな。
そう、息子達が生まれる前からずっとそばにいてくれたんだ。

妻にとっては初めて飼うことができた動物。子供の頃、どんなに親に頼んでも犬を飼わせてもらえなかったという妻が手にした、初めての犬…ではなく猫。そして『猫を飼う』からいつのまにか『一緒に暮らす家族』になったんだ。不思議な感覚なんだけど、バロンは猫というよりバロンだった。人ではないけどペットというより、猫というより、バロン。。当たり前にいてくれたバロンを失って本当にぽっかり穴が空いてしまった。命あるものである以上は無理なんだけど、バロンがいなきゃダメなんだ。こんなに大きな存在だったんだ。こんなにも大切だったんだ。こんな日常がどれだけ幸せだったか。。
今はまだ寂しくて寂しくて…心が寒くて凍えてしまいそうでどうしようもない。


旅立ってしまう少し前のバロン。
こんなに痩せてしまって…死んでしまう前はどの猫も本当に痩せてしまう。バロンは小さい頃から胃腸がデリケートで、いろんな食べ物を与えてあげることができなかった。与えてしまうと体に大ダメージを与えてしまい大変なことになってしまうから…いろんな美味しい食べ物をあげたいのに逆に更に弱らせてしまうことがわかっているから…あげれないもどかしさが最期は本当に辛かった。どうせもう少しの命なんだから、好きなだけあげたらいいなんて割り切れなかったんだよ。
愛猫の死だけは何度経験しても慣れることはできない。

バロンの最後はまどろんでいるような状態でいると思ったら、突然呼吸に変化が起きて、だけど皆んなの呼ぶ声に応えるように脚が動き…口を開けたと思ったら静かに命を引き取った。。皆んなのバロンの名を呼ぶ声がきっと最期の瞬間も、肉体から抜けてしまったバロンの魂にも届いたと信じたい。シロに比べたら最期の瞬間はまだ静かで、皆んなに極力ショックを与えないようにしてくれたのかな、、、それだって全身を貫かれて焼かれるような悲しみは襲ってくるのだけど。。泣き叫ぶ息子達を抱き締め言葉をかけていたけど、僕もうまく言葉にならない。妻はどんな想いでバロンを看取ったのだろう。妻にとって最初で最後の、自分の意思で自分が選んだ大切な猫だったバロン。どんなに似てるメインクーンがいたとしてもバロンの代わりなんていない。バロンに会いたいだろう、、妻は本当に苦しかっただろうし、胸の痛みや寂しさ、そしてどうしたって付き纏う後悔はしばらく続いてしまうと思う。でもそれも愛情故のものだから避けることなんてできない…

悲しみに暮れていて、気づけば何時間も経過していて日を跨いでいた。妻は自分の横にバロンの亡骸をおいて一応ベッドに入っていたが…僕もほとんど眠ることができなかったし、目が覚めれば『バロンが死んだことが夢だったんじゃないか』と一瞬思うけどやっぱり現実だと認識すると涙ばかりが溢れてくる。
本来は寝ないとダメ、燃費が悪くすぐに腹が減り、食べないでいると体がエネルギー切れして震えてくるという体質なのだが、眠いという感覚や空腹感が起きない。実はメンタルが強い私はちょっとやそっとのことでは寝れなくなることもないし、よく食べるのだが、猫が死んだ時だけはこうなってしまう。そして息子達も普段より遥かに睡眠時間が足りないのに自然に起きてきて、長男がバロンの隣に来て撫でながら『硬く冷たくなってしまった…』と再び号泣。春にまた釣りに行ったら新鮮な魚を釣ってきて、バロンに食べさせてあげたかったんだと泣いていた。

バロンの亡骸を沢山の花で飾ってあげたくて、花を買いに行こうとすると母から『私は離れて暮らしているから何もしてあげれなかったけど、せめてお花を買ってバロンを優しく包んで可愛くしてあげたい、そのことに愛を込めさせて欲しい』とお花代を渡してくれた。母からバロンへの愛だと思ってありがたく頂き、妻と花を買いに行った。

沢山の花を買ってきて、バロンがよく寝ていたベッドに皆んなで飾っていった。
普段花を買うことはないけれど、こんなにも花は心を慰めてくれる…寂しかったバロンの亡骸がこんなに優しく包まれて。シロとマムも花で包んであげたけど、今日改めて花というものの優しさや大切さを感じた。

葬儀屋さんが火葬の際には花、オヤツ、そして手紙も一緒にと言ってくれたので、皆んなそれぞれバロンへ手紙を書いてバロンへ向けて読んだ。バロンに皆んなの想いが届いたと思いたい。

もうすぐこのバロンの形が消えてしまうと思うと苦しくてたまらない。体は硬くなってしまっても尻尾だけは柔らかいままで、元気な頃は上を向いて立っていたなぁとか、頭のここをこんな風に撫でられるの好きだったなぁとか、少しでも手にバロンに触れてきた記憶を残したくて触っていた。冷たく硬くなって痩せてしまった体が愛おしくて苦しい。
業者さんが来てバロンを火葬する直前の悲しみは…言葉にできない。あれだけ泣いたはずなのに涙は枯れることがない。ベッドのまま火葬してあげることはできないから、もう一度硬くなってしまったバロンを抱き締めて目を見ると、もうこの綺麗な目を見ることができないと思うと名残惜しく胸が引き裂かれそうで嗚咽が止まらなかった。見つめてくるこの目が大好きだった。
皆んなが慟哭していた。これほどまでに悲しいことって僕の人生では今のところ愛猫の死以外にない。僕は30を超えて初めてシロの死でその悲しみを経験したけど、息子達はこの年齢で経験するとは…特に感受性の強い長男の悲しみたるや筆舌に尽くせない。最後は妻に抱いてもらい火葬台の上に寝かせてもらったが、、最後の扉を閉める時の、愛するものと決別する時の押し潰されそうな胸の痛み、バロンの最後の姿、、本当におまえのことを忘れることなんてできない。

火葬が終了するまでは一旦家に戻って待つことになるわけだが、今まではそこにいたはずのバロンはもういない、、バロンが使っていた幾つかの物を見ると、、、それらを抱き締めながら溢れてくる涙は本当に全員が底無しで、特に長男がどれほど悶え苦しんで泣いたか。『これバロンが使っていたんだよ!ここにバロンがいたんだよ!バロン!バロン!!バロン!!』と突っ伏して泣き叫ぶ息子の愛情の深さにも涙が落ちた。

人間に比べるとずっと小さな体の猫だけど、その存在はものすごく大きい。ある意味人間より大きいのかもしれない。動物はなんの裏表もなく、あるがままで、無償の愛をいつまでも飼い主に示してくれる尊いかけがえのない存在…僕は生まれた時は動物が家にいなくて、ある程度の年齢になってから猫と暮らすようになった。息子達は生まれた時からバロンがいて、物心ついた時からバロンがいた。ペットという枠を超えた家族そのもので、それを喪う悲しみはどれほどのものなのだろう。


一時間少しで火葬が終わり骨になってしまったバロンを迎えにいった。もうモフモフの毛に包まれた体も尻尾もないし、綺麗だった目もない。骨になってしまったけど、生前撫でていた頭の骨の形にしっかりとバロンを感じ取ることができた。若い頃はあんなに大きな体だったけど、骨になるとこんなに細かったんだなぁ。。
そして、とてもいい業者さんだったことがまた一つの救いでもあった。

骨壷を抱いて家に帰った後は非情と思われるかもしれないが、長男を連れて空手に行った。『こんな日にまで!?』と思うかもしれないが、バロンの死を、あの静かで立派な死に様を見たら逆に今やるべきことから逃げていいとは思えなかった。私もほぼ寝てないし食べていなかったし泣きすぎて頭痛ヤバいしで、息子だって普段に比べたら睡眠も食事も全然少なく、メンタル的にもかつてないほど疲弊しきってたはず。だけど、先日先生に宣言した、指摘されたことを修正完了した形を打った動画を撮って送るという約束を守るため、気持ちを奮い立たせて武道館に向かった。今日はもう行きたくない…なんて一言も言わず『バロン、行ってきます』と骨壷に手を合わせた息子。創士、おまえは本当に成長したなぁ、まだ10歳だけど立派な男だ。これほど悲しみに打ちひしがれて疲れ果ててるんだから今日くらいいいよね…って言うこともできた。でもバロンの死にまた一つ意味を与えさせてもらうなら、これほどの悲しみの真っ只中であったとしても、目指すべき目標が高くその志が本物なら、今やるべきことから目を逸らさずに気持ちを振り絞って頑張るという経験を父親としてさせたかった。

武道館に着くとなんと…先生が来てくださっていた。。疲弊した心に火が灯るとはこのことで、だけどなかなか心に反して体がいうことをきかなくて、、息子の動きを見てすぐに『ああ、気持ちを奮い立たせたくても体がついてきていない、、創士頑張れ!』と見ていた。そして私も指導していただくことになり、根性出しても脚になかなか力が入らない中、もう最後は根性超えて命を燃やすつもりで、ただ一心不乱に叫びながら動いた。練習時間が経過していけば疲れていくはずなのに最後の方はむしろ最初より動けたのではないかなと思う。精神が肉体を凌駕するって言葉があるけど、どれだけ人間の心や覚悟が大切かと思う出来事だった。最後に先生から本当に大切な言葉をいただき、その言葉のほとんどを胸に刻むことができたと思う。その言葉をいただいた後に息子が今日最後に打った形は、、

内心涙せずには見れなかった。立派だったぞ!!
家族であるバロンの死を経験し、息子の中でもなんらかの変化があったはず。どうかその変化を素晴らしいものへと活かしていって欲しい。


バロン、まだしばらくはおまえのことを思い出して後悔したり胸が痛くなったり、、悲しくて寂しくて落ち込んでしまうこともあるかと思う。けどそれだけでなくバロンに出会って共に過ごしてきた12年半は俺たちの人生に温もりと愛を与えてくれた。おまえがこの世界に生まれてきた意味は俺達家族にそういったものを与えてくれたことなのかな。俺達の存在はおまえの生きた時間に、意味や幸せをどれだけ与えてあげることができたのかな…思い返せば無償の愛をもらってばかりだったね。可愛いおまえに会いたい、触れたい、普通に元気でいる頃からもっともっとオーバーなくらいの愛情をこちらからも与えてきてあげればよかった。ごめんね、だけど本当にありがとう。俺達夫婦だけでなく、創士と慧二にも愛とそれを失う悲しみや苦しみ、命の大切さや尊さ、強さや儚さも教えてくれたね。愛しいバロン…いつか虹の橋でまたおまえを抱き締めたい。その日まで懸命に生きるよ。ありがとう、ずっと愛してるよ。