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「出版するのが夢だった」あなたへ・・・夢の実現を応援するブログ

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文章力を高めるための「喩える力」について考えるシリーズの4回目です。

前回は、「要約するから役に立てる!」ということを見てきました。物事は長大な論文でも、たった一言でも表せるので、その要約・省略・取捨選択に価値があるのだという話でした。今回はその続きです。

■「喩える」とは、類似性を指摘すること

前回まで「要約」することの意義や効果について考えてきました。これは、「喩える力」の前提となるものです。

どんなに複雑な現実も、一言で表せると、それを他の物と比べたり、類似するものを探すことができます。

 



「喩える」ことを、修辞学(レトリック)の言葉で言えば「比喩」ということになります。

比喩にはいくつかの種類がありますが、

「異なる物に類似点や隣接関係を見つけて結びつける」

ところに共通点があります。

比喩の代表的なものを取り上げて、ひとつひとつ見ていきましょう。

今回は「直喩(ちょくゆ)」(または「明喩(めいゆ)」です。

■1.直喩(明喩)

「まるで○○のようだ」と、書き手が、二つの物を類似していると感じ、「そのように感じている」ということを直接的に表現するのが直喩です。喩えているのが明らかなので「明喩」とも言います。

 その類似性が客観的かどうかは問いません。書き手の主観をそのまま表現する方法です。類似点を提示しながら、同時に、両者は異なる物だという認識を持っているということを表現します。

「まるで○○のようだ」
「○○のごとく」
「さながら○○のように」
「あたかも○○であるかのように」
「○○みたいだ」


などと表現されます。

 



・彼女は天使のようだ
(彼女は人間であり天使ではないが、天使に似ている。天使と言っても過言ではない。そう私は感じている。)

・あの政治家は、財界の操り人形みたいだ。
(あの政治家は、人間であって操り人形ではないが、その動き見ると、財界人の手で操られた人形のように私には見える。)

もともとは直喩表現だったかもしれませんが、ごく普通に使われているので特別な表現であると思えない表現もあります。

・馬鹿みたい!(目の前の人に向かって言う場合)
(あなたは馬鹿ではないと知っているが、そのやっていることを見ていて、馬鹿みたいだと感じた。)

・それは嘘みたいな話だね。
(それは事実であって嘘ではないのだろうが、嘘ならありそうな話であって、嘘であるかのように感じられる話だ。)

似ているが、別物であることを知っている、とあくまでも主観的な判断であるということを示すのが直喩(明喩)です。

伊藤左千夫の有名な小説『野菊の墓』の、これまた有名なセリフ

 

「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」

 

の「民さんは野菊のような人だ」も直喩表現です。

この場合、主人公政夫は「民さん」が植物の「野菊」ではないことを知っているのですが、同時に「野菊」に似ていると感じているということを表明しています。

 



別物だと知っているが、似ていると感じている。

という気持ちや判断を表現するのが「直喩」です。

次回は「隠喩(暗喩)」を見ていきます。
お楽しみに。

(つづく)

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