年末に「元禄繚乱 総集編」の放送がある!というのは、以前にもご紹介しました。
もういっぺん、ご案内。
「元禄繚乱 総集編」(全4回)
BSプレミアム
2012年12月29日(土)
午後2時から 1日4本立て
主演:中村勘九郎(現 勘三郎)
http://www.nhk.or.jp/drama/reruns/index.html
今週の土曜日、午後2時からです。
興味のある方は、お忘れなきよう、ご用心くださいねー。
「元禄繚乱」を明後日に控えて、「忠臣蔵」好きなワタクシから、忠臣蔵の謎について語ってみたいなと。今夜はそういう試みです。
もしかしたら、謎でもなんでもない、ツマラナイ話かもしれませんし、これを頭に入れて「元禄繚乱」を見ても、面白さ10倍!とはならないと思います(笑)
でも、せっかくの機会なのでやってみたいと思いますw
忠臣蔵の元ネタとなった「赤穂浪士討ち入り事件」は、江戸時代に起こった出来事。
BSプレミアム
2012年12月29日(土)
午後2時から 1日4本立て
主演:中村勘九郎(現 勘三郎)
http://www.nhk.or.jp/drama/reruns/index.html
今週の土曜日、午後2時からです。
興味のある方は、お忘れなきよう、ご用心くださいねー。
「元禄繚乱」を明後日に控えて、「忠臣蔵」好きなワタクシから、忠臣蔵の謎について語ってみたいなと。今夜はそういう試みです。
もしかしたら、謎でもなんでもない、ツマラナイ話かもしれませんし、これを頭に入れて「元禄繚乱」を見ても、面白さ10倍!とはならないと思います(笑)
でも、せっかくの機会なのでやってみたいと思いますw
忠臣蔵の元ネタとなった「赤穂浪士討ち入り事件」は、江戸時代に起こった出来事。
元禄15年12月14日(1702)のことでした。
その遠因というか、事の始まりとなったのは「浅野内匠頭刃傷沙汰事件」。
元禄14年3月14日(1701)の午前中、ご存知のように江戸城松の廊下で起こりました。
浅野内匠頭は、その日のうちに切腹。
討ち入りが決行されたのは、主君の沙汰から1年9ヶ月後のことだったんですね。
この一連の出来事で、ワタクシの考える「最大の謎」といえば、
「何故、大石以下四十七士は、吉良上野介を討ち取ったのか?」
これです。
「そりゃあ、主君の仇だったからでしょ・・・・?」と思われたアナタ。まだまだ甘いw(多分)
これが結構、奥が深い謎だったりするんです。
この謎は、「何故、浅野は松の廊下で抜刀し、吉良に切りかかったのか?」という謎から明らかにして行かないと、何が謎なのかさえ分からなかったりします。
そこで、こちらの謎をつっつく所からはじめてみます。
しかし、この「刃傷沙汰についての、浅野内匠頭の動機」について明記された資料は存在しないため、明白な答えを得るのは絶望的。
・・・・ってことになっていますが、これ本当なんでしょうかね?
この謎を考えるにあたって、前提の仮説が、大きく2つに割れています。
(1)浅野内匠頭は、正気だった。
(2)浅野内匠頭は、乱心だった(正気じゃなかった)
さぁ、どっちが正しいんでしょう?
(1)の仮説を裏付けるのが、いわゆる「怨恨説」。
吉良上野介からあらゆる意地悪と侮辱を受け、それを恨んで切りつけたんだ、という話。
何せ、浅野サンが切りつけた時のセリフが、
「この間の遺恨覚えたか(こないだ、お前がオレにやったこと、覚えてるよな!?)」
松の廊下で吉良サンが、梶川与惣兵衛と「今日の儀式、予定よりちょこっと遅れてるんだよねー」などと話し合ってる時、こう叫びながら斬りかかって来た・・・・と、その話し合っていた梶川与惣兵衛の日記に書かれている証言です(ただし写本)
じゃあ、「こないだ、お前がオレにやったこと」とは、具体的には何のことなのか?というと、そこが全く分からなかったりします。
忠臣蔵の劇やドラマでは、
「畳を全部替えなきゃいけなかったのに教えなかった」とか、
「会席料理を出すべきところに、精進料理を出させた」とか、
「金屏風を出さなきゃいけないところに、墨絵の屏風を出させた」とか、
「大紋(最上の礼服)でなければいけなかったところに、長裃(略礼装)で出席させられた」とか、
「よくもまぁ思いつくわな」と言う大恥体験がゴロゴロ出てきますが、ぜんぶ事実無根の作り話。
というのも、実は浅野内匠頭が勅使接待役を仰せつかったのは、これで2度目(刃傷事件の18年前にやってる)
ぜんぶ経験済みなので、「知らないことを肴にイジめイジられる」なんてことはないのです。
だいたい、意地悪されたことは全部「浅野サンが直前で間違いに気づいたから、彼が大恥かくだけで済んだ」わけで、冷静に考えればこれは作り話だから出来ること。
万が一にも彼が直前で気が付かず、間違ったままGOしてしまったら、浅野サンどころか指南役の吉良サンにも切腹が待ってます。
そんな命がけのイジメ、普通やりませんよね・・・・。
そんな命がけのイジメ、普通やりませんよね・・・・。
もうひとつ、イジメがなかった裏付けとしては、大石ら四十七士が討ち入る際に掲げた口上(犯行声明文)にもあります。
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去年三月 内匠儀
伝奏御馳走の儀に付
吉良上野介殿ヘ意趣を含み罷在り候処
伝奏御馳走の儀に付
吉良上野介殿ヘ意趣を含み罷在り候処
殿中に於て当座遁れ難き儀ご座候か
刃傷に及び候
刃傷に及び候
時節場所を弁えざるざる働
無調法至極に付切腹仰せつけられ
無調法至極に付切腹仰せつけられ
領地赤穂城召し上げられ候儀
家来共畏入存じ奉り候
家来共畏入存じ奉り候
(以下略)
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「殿中で何か事情があったのでしょうか?刃傷に及んでしまいました(殿中に於て当座遁れ難き儀ご座候か 刃傷に及び候)」
と書いてあるところから、どうして主君が殿中で刃傷沙汰に及んだのか?という動機について、彼らも知らなかったのが分かります。
(分かっていたら、口上に書くべきですから。畳とか、屏風とか、長裃とか)
(分かっていたら、口上に書くべきですから。畳とか、屏風とか、長裃とか)
そして、「何故、浅野は松の廊下で抜刀し、吉良に切りかかったのか?」という謎は、もうひとつ「どうして松の廊下で狙ったのか?」という疑問も投げかけています。
何故なら、松の廊下というのは、止めに入る人(邪魔者)がたくさんいるから、遺恨を果たす(吉良をぶっ殺す)に、かなり不利だからです。
吉良を本気で討ち果たしたいと正気で思ったとしたら、絶対に選ばない場所。
なんでそこを選んだのか・・・・?
というと、「そんなの考えてなかった」という説が手っ取り早く、また自然な流れ。
謎の答えは、やっぱり(2)浅野内匠頭は、乱心だった(正気じゃなかった)が正しいのではなかろうかと、そんな結論に達してしまうのです。
こうした考察を重ね、浅野内匠頭が正気じゃない=乱心で吉良に斬りかかった、という仮説を前提にできるならば、冒頭でワタクシが挙げた最大の謎が浮上します。
「何故、大石以下四十七士は、吉良上野介を討ち取ったのか?」
より具体的に言えば、
「大石以下は、なんの落ち度もない吉良上野介を、何故討ち取りに行ったのか?」
だって、浅野内匠頭が乱心して斬りつけただけということは、吉良サンは何もしてない=仇でも何でもないわけですからね・・・・。
と、謎の前提まで示したところで、長くなったので今日はここまでw
と、謎の前提まで示したところで、長くなったので今日はここまでw
その答えについて考えるのは、次回に先送りしたいと思います。
もしかしたら、オタノシミニw