嫌煙家と愛煙家の議論
なぜゆえに
批判のし合いになるのか?
アシタカの言葉
「森と人は共存できないのか?」
この問いに答えがある
嫌がる人と愛する人
昔は愛する人を優先したが
今は嫌がる人を優先している
これをどう分けるか?
そこに
相手を尊重する心があれば
悪と罵ることはなく
迫害という言葉も出ない
そういうことなんじゃないの?
愛煙家に求められるのは
嫌がる人がいて
その人への配慮である
また
嫌煙家に求められるのは
愛する人がいて
その人への思いやりである
批判し合うことでは
何も解決しないし
共存を目指す前向きな議論が必要
私はそう思います
公共施設では
敷地内禁煙が良いこととして
広まっていますが
排除するのは
森から動物を追い出す政策
乱暴なやり方だと思います
また
喫煙所にゴミを平気で
捨てるのは
愛煙家としては許せない行為
配慮に対する冒涜です
みんなが気持ちよく吸えるように
使うのが常識です
価値観の押し付けや
正義をかざしての言動は
諍いの始まり
戦争の元を辿れば
それは価値観の相違になる
無理やり押し付けることが
その始まりなのである
男女平等も同じで
異性である以上
何をどうしても平等にはならない
法律云々なんてのは
単なる見せかけの平等
本来は互いを尊重し合うことで
解決することである
名古屋市は条例で
屋外での喫煙は禁止されてる
喫煙所もない
が
ある時
喫煙可の喫茶店を見つけた
小さな昔ながらのお店です
そこで驚いたのは
会計の際に
みんなが「ごちそうさん!」と
店員に声をかけていたこと
私もそうしました
ありがたい!と思えば
自然とそれが言葉になります
そういうものじゃないですかね
どんな理屈を付けようが
好む人と好まざる人はいます
タバコに限らず何でもです
そこを今一度
考えてみて欲しいと思います
