バスケットの名門強豪のノースカロライナ大学からアーリーエントリー。1995年のNBAドラフトでフィラデルフィア・セブンティシクサーズから全体の3番目で指名を受けた。ちなみに、この経歴はマイケル・ジョーダンと全く同じである。シクサーズでは持ち前の得点能力を存分に発揮。ルーキーながら1試合平均19.2得点の成績を残し、NBAオールルーキーチームにも選ばれて、一躍チームのスタープレーヤーとなる。1996年のNBAドラフトでシクサーズは後にNBAを代表するプレーヤーとなるアレン・アイバーソンがチームに加入、スタックハウスとアイバーソンのコンビに期待が寄せられ、96-97シーズンは2人で合わせて1試合平均44.2得点を記録した。しかしお互いに得点が持ち味のプレイヤーだったことから、翌97-98シーズンの途中に、スタックハウスはデトロイト・ピストンズへトレードされた。当時のピストンズはグラント・ヒルを中心とした強豪チームだったが、スタックハウスは控えとしてプレーすることになった。
ピストンズのスターターになったのは移籍2年後の99-00シーズンで、スタックハウスはキャリア初の全試合(82試合)出場、1試合平均23.6得点を記録した。続く00-01シーズンにはリーグ2位となる29.8得点を記録してリーグを代表する得点能力のある選手としての地位を築いた。このシーズン終盤に彼はシカゴ・ブルズ相手に自己ベスト、ピストンズ史上最多の1試合57得点を記録した。そのシーズン終了後スタックハウスはワシントン・ウィザーズに移籍してマイケル・ジョーダンと共にプレーした。ウィザーズに移籍した最初の02-03シーズンは1試合平均21.5得点、4.5アシストを記録したが、翌03-04シーズンは故障で26試合にしか出場できなかった。
2004年のオフになって、スタックハウスはダラス・マーベリックスに移籍した。ダーク・ノビツキーら豊富なタレントが揃う中、6THマンとしてプレーした。2006年のNBAファイナルにも出場したが、マイアミ・ヒートにマーベリックスは敗れてチャンピオンリングを獲得することはできなかった。