アンコールワットは大好きな観光地の1つ。
これまでに3回も行ったけど、それでもまだ行きたい場所。
なぜか?

ちょっと前置きです。
僕は元々お寺が大好き。今でも京都に帰るとフラフラとお寺巡りをして、庭園を眺めながらボーッと至福の時を過ごす。「庭師になろうか」と思ったくらい庭園が好きでいろんな国で庭園を回っている私。その中でも京都の庭園は秀逸ではないかと思う。そこに古い建物。「建築家になろうか」とも思った(おいおい・・・)私なのでこのセットは完璧。生い茂る木々の中、古い建物と、美しい庭園と緑が織りなす空間。うーん、すばらしい。

で、そんなところで何をするのか。
ひたすらボーっとしたり、いろいろなことを考えてみたり。その時に何かひらめくこともあるし、そのまま思考が脳内で進んだ結果、後で街中を散歩してる時に「パっ」と仕事の解決法がひらめいたりすることもある。もちろんただ癒され行くだけのこともあるし、写真をとりに行くこともあるし。僕にとってはマルチなアトラクション。
そんな楽しみができる京都のお寺さん。
それに匹敵するのが、アンコールワットだと思う(前置き長いな)。

$子犬のマレーシア-アンコールワット遠景
$子犬のマレーシア-アンコールワットへのアプローチ

「アンコール・ワット」という呼び名はカンボジアのシェムリアップ郊外にある広大な寺院と灌漑遺跡群の俗称。が、実際にアンコール・ワットと名前が付いているのは1つの寺院遺跡だけ。それ以外で有名なのはアンコール・トム。その他の遺跡もそれぞれに名前を持っていて「ロリュオス」「プリアカーン」など、ちょっと東南アジアっぽくない名前。
この一帯は森林地帯になっていて、その広大な範囲に遺跡群が点在。よって、我々はその森林の中をトゥクトゥクに乗ってフラフラと移動することになる。遺跡、森林、静かな空間。そう、ここは京都に似てるな、と思う。

$子犬のマレーシア-トゥクトゥクからの眺め

そんな寺院や灌漑施設の遺跡を巡ると、それぞれにすばらしい装飾が施されているのを目にする。
もともと、僕は寺院の彫刻には全くと言っていいほど興味が無かった。それを覆されたのがインドネシアにあるボロブドゥール遺跡。それに続いてアンコールワットでも仰天。その精緻な彫刻には度肝を抜かれ古代の人々の技にただただ感じいるばかり。美しいいだけではなく楽しい彫刻にすっかりハマッてしまった。

$子犬のマレーシア-楽しい彫像

で、それ以来すっかりこの遺跡に魅せられた。いろんな遺跡を巡っては、写真を取ったりボーッとしたり。3回行ってもまだ「ここ、知らない」っていうところがあるくらい懐の深い遺跡群。そして、森林地帯をトゥクトゥクで走る時の爽快感。静謐な空気と、すがすがしさ、熱帯の植物のエネルギー、そして人間の叡智。中々に素敵な空間だ。

$子犬のマレーシア-アンコール域内の景色

で、一遍にその素晴らしさをお伝えするのは不可能なので、ちょこっとづつお伝えすることに。
一日の中で変化する景色。

$子犬のマレーシア-夕暮れ

夕暮れスポットはたくさんあって、それぞれに違った味わいが。

$子犬のマレーシア-楽しい晩ご飯

それに晩ご飯!シェムリアップは僕にとっては理想的なサイズの街で、うるさ過ぎず、静かすぎず。
すべてが融合して楽しい時をかたちづくってくれている。
それが、アンコールワット、素敵な空間。




クアラルンプールに来る旅行者にリピーターは少ない、と聞く。
なぜだろう?

アジアの都市、たとえばバンコクなんぞへ行くと、もっと住民の生の生活が垣間見える瞬間がある。街がもっとゴチャっと密集しているので、目の前で生活ドラマが繰り広げられるような感じ。僕にとってのアジアの楽しみはその辺にある気がする。
晩ご飯を買いに来た人達が、屋台でおしゃべりをしながら値段交渉をしていたり、歩道の屋台でケンカしながらゴハン食べてたり。子供が髪の毛を切ってもらってるのを母親が眠そうに待っていたり。
でも、マレーシアではそういう光景が見当たらない、というか、どっかにはあるはずなのに中々目につかない。都市部ではそういう雑多な店がすべてビルの中に押し込められていて、外観的にはすっきり、でもつまらない景色に塗りこめられている。そういうビルの中はといえば、画一的に区割りされた中に小さい店が大量に入っていて、ヤル気のない売り子が失礼な接客をしている。うーん。マレーシア人よ、自分達で自分達の生活をつまらなくしてないか?なんで、そんなストレスのたまる街づくりなんだ?

もうひとつの違和感はクルマ社会、というマレーシアの特性。
意外かもしれないが、日本よりもずっと進んだ徹底的なクルマ社会。理由は公共交通、つまり鉄道システムが発達していないから。鉄道よりもクルマ社会の方が手っ取り早く完成できるのでマレーシアはクルマ社会を選んだ、と聞いたことがある。このため、クルマで行ける郊外に大型ショッピングセンターが大量に建設されて人の流れやライフスタイルが大きく変わってしまったようだ。

このため、中心市街の空洞化が顕著で街のにぎわいに欠ける気がする。2百万の人口とは思えない都市機能の不十分さ。日本人の僕から見て一番不満なのは、散歩しても楽しくない街並みと歩きにくさ。街中は歩く人のことを考えてきちんと整備されてないので歩きにくいことこのうえない。LRTを利用すると街と交通システムの連携の悪さ、距離の遠さ、不便さに最初のころをウンザリした。

経済的発展を最重視。
生活向上のため、合理化に重点を置き、低コストでの開発をやりまくった。
その結果としての、クルマ社会。
そして、クルマ優先の道路・街づくり、画一化。
失われた街の回遊性と意外性、街のにぎわい、力強さ、エネルギー。
散策しても楽しくない街並み、どこへ行っても変わらないモール、どこへ行っても変わらない街並み。
こんな街、旅人が来て楽しめるわけがない。

10年以上前、シンガポールに駐在していた時に一度だけクアラルンプールに遊びに来たことがある。が、当時ですら「もう、二度と来ない」と思った。不便、つまらない、キタナイ。海外に来てあれだけネガティブな印象の出る街も他に無い、と思われるくらい、つまらなく感じた。キタナイ街はキタナイ街なりに「ググっ」とひきつける何かを持っているものだが、この街は違った。

じゃあ、どうすればいいんだ?
今までやってきたことに反するのだから簡単ではない。日本の衛星都市の苦悩に似ている気がする。
でも、文句だけ言うのも失礼だろう。考えられる範囲で考えてみた。

交通→MRTや地下鉄など都市交通を改善してポイント間のアクセスを良くする。
   お金はかかりますが、観光都市を目指したいならここの改善は必須かな。

街 →歩く人が快適に楽しめる歩道の整備、公共交通との一体化。
   もっと自然を取り入れて、歩いて楽しい街を目指す。
   歩道に段差がありすぎ!

あとは店かなあ。結局、どのショッピングセンターへ行っても同じような店しかないのが
つまらない原因の気がする。あまりにも画一的。
シンガポールも似たような問題を抱えつつも、少なくとも上記の点はだいぶクリアーしている。やりようがある、ということだ。特に資源国のマレーシアならなおさらだ。街をマレーシア人自体が楽しむようにできないのか。楽しんでるとはあんまり思えない。ただ、まとまって暮らしてるっていう感じで誇りを感じているようにも見えない。

とはいえ、あまり文句を言っていてもはじまらない。
今は駐在しているのでクルマを所有し、自分で好きなところに行ける。
クアラルンプールでは中心街区はつまらないので、中華街とかダウンタウンに行くとアジアを感じられて楽しい。そういうことも分かっているので、行きたいところが分かるようになった。
それにマレーシアの楽しさは都市にはなく、田舎と自然の中にあることも分かった。
違和感を越えて、自分なりの楽しみ方を身に付けた。
なので、なおさら旅行者が可哀そうに思える。パラっと来て楽しむには分かりにくいのだ。
とはいえ、クアラルンプールは私の街。
がんばって、もっと魅力的な街になって欲しい。













今日は会社に出てサービス残業だった。
このところ、震災対応、新製品立上げ、新規プロジェクトなどが目白押しで
慢性的にアタマとカラダが疲れている。うーん、まいったな。

気分転換に昼ごはんは日本人と出かけてみた。
Papparichというローカルフードのチェーン店が近くにあったのでそこでへ行くことに。
今日はカリーミー、豆腐花、ホワイトコーヒーのマレーシア・ランチ。
日本語でバカ話をするとやっぱりちょっといいな。
休まるなあ。

で、帰り道。
元々旅行好き・・・というか旅行しないと息がつまってしまう犬である。
会社のあるセランゴール州からクアラルンプールまではクルマで片道約30分。
いつもの道はつまらないので、プトラ・ジャヤによってみることにした。

プトラ・ジャヤとは行政府のある街で、クアラルンプールと国際空港のちょうど中間地点に
位置する計画都市。首都を移転したわけではないが、首都機能は移転されている。
ただし、ブミ・プトラというマレー人優遇政策のため役人はマレー人が牛耳っており
自動的にこの街はマレー人の街である。イスラム色を前面に出し、プルダナ湖の湖畔に美しいモスクが
立ち並ぶ姿は中々にすばらしい。同様に官公庁も立ち並んでおり、この国がイスラム国家であることを
強く感じる景色である。街中はシンガポールのように美しく管理されていてマレーシアとは思えない。


・・・というのは最初のころの感想。
段々と色々なことに目がいくようになってきた。
どこか中途半端というか、使いずらそうというか、都市機能の充実を感じない街でもある。
建物好きで写真好きな僕にはもってこいの街であるが、何回か来るうちにそういうほころびに
気が付いてきたのも事実である。

たとえば。
この街には「Nadi Putra」という循環バスが走っている。クアラルンプール市内バスのような
中国製ではなく、清潔な車体は天然ガス・バスである。が、ほとんど乗客が居ない。
これでなぜバスを運営できるのか分からないくらいに乗客がいない。
おそらく税金を投入しているのだろう。なんで、クアラルンプール市でそれをやらないのかが
またマレーシアらしいところだ。資源の既得権、行政の上層階級はマレー人のもの。
民族間の軋轢は大きい。


また、街があちらこちらでまだまだ建設中である。
日本だとニュータウン建設といえば、わりと街区ごとに建設して完成させている気がする。
この街はすでに街びらきして数年がたっているので、さすがに中心街区の建設はすでに完成している
だろうと考える。
が、実際にはメインストリートのある中心街区と湖を挟んだ反対側の地区は高層団地が並ぶ
住宅街なのに、いまだに土埃をあげてトラックが走りまわる建設中の広大な空き地が広がる。
おかげで、せっかくの美しい中心街区にドロがはねまわっている。多分、洗濯物も汚れている
だろうと思われる。計画というものがすごく苦手な人達だ。


要は、金さえだせばなんだって手に入る世の中なのだ。
外国人をやとって、設計・建設させれば、どんな街だってできてしまう。
でも、それはアタマをきちんと使って計画がなされれば・・の話である。
昨今の資源国家の成金ぶりがアタマに重なる。
そんな街だからどこかちぐはぐで、妙に生活感が無くて、なんとも不便そうな街になる。
僕はこんな街には住みたくない。
それなら、ごちゃごちゃしていても生活感のあるクアラルンプールの方が好きだ。


あれ。
でも、結構好きなんだけどな、プトラ・ジャヤ。
クアラルンプールでは写真におさめたくなるような被写体がめったにないので、なんだ
かんだいってこの街はやっぱり面白い。そんな、無責任な楽しみ方なら大丈夫。
結局、旅行者の目線っていうのはこの程度のものなのだろう。






子犬のマレーシア
子犬のマレーシア
子犬のマレーシア
子犬のマレーシア-ピンク・モスク
子犬のマレーシア-官公庁街
子犬のマレーシア-湖畔からの眺め
子犬のマレーシア-昼ごはん
子犬のマレーシア-議事堂・・・だっけ?