学生の頃、なんもしてないのによく間違われて先生に怒られた記憶がある。


損な性分で、なんもしてないのに俺のせいになったりプンプン

そんなこと知らんしー 俺じゃないってーー汗


なんでだったんかなぁ と ふと思い出して 考えてた。



どこか俺じゃないって態度が逆に俺だって思わせたのか


どこかビクビクしたような態度だったのか


今、思うとどっちなんだろう・・・

でも自分がしてないことでビクビクするはずがないから

きっと前者の方なんだろうなとw


ってか、きっと俺が言いやすかったのかもだ┐( ̄ヘ ̄)┌


学生の頃も今も相談するより、されるほうが多くて

真剣に聞いて答えるから言いやすいんだろうな(^_^;


人の話しを聞くことって、なぜかいつの頃からか身に付いていた。

自分の考えや思ったことを言うのに、人の話しは聞かなきゃって

たとえ、自分が正しいと思っていたとしても、それが俺には普通の

ことになっていた。


でも、昔は短気だったからよく衝突もしたよなぁ(今は温和だが?)

怒って腹がたってぶつけるところがないと物に当たったり、自分の拳を

壁にぶつけたりしてたっけな。


今もたまに腹が立って拳を壁にぶつけることあるけどな(^_^;)

       (まぁ めったなことじゃ怒らないけどw)


俺の場合自分に腹が立つことが多かったような気がする。

誰かに腹が立つってのもそりゃあるけど、20代のころは

腹が立っても考える余裕というか、冷静な自分は殆どなかった。

だから解決とかそういうのは、ほんとないってか和解みたいな感じかな。


今は腹が立って怒っても相手が何を言おうとしてるのか

考えられるようになったよな。

なんで喧嘩になったのか、原因みたいなもの自分なりに考えて

相手と話し合うことって大事だって思う。

もちろん、自分だけが考えても駄目なんだけどね。


和解解決って、やっぱ違うよな。。


和解って相手に対して納得はできないが和解にもっていく。

解決はお互いが認めてるから、解決できるんだと思うんだよね。

※和解にも二通りあると思うので譲歩して和解するのと

    ある程度了解して和解するのとm(..)m

譲歩して和解するわけだから納得はしてないよな。


認めて納得して理解できるから解決するんだから。



この二つって普段日常でも知らず知らずにやってることだと思う。

和解を解決と間違えるととんでもないことになったり。

またその反対もそうだしね。


そこから少しずつ、少しずつ ズレていったりするもんなんじゃないかな。

これは俺が思うことだから、あんま信憑性は薄いと思うが・・・


喧嘩になったときに和解か解決かちゃんと理解しないとだ。

俺は和解多くなればなるほど、どこか安心できない相手になって

しまうんだよな。


喧嘩は必要だから、いくら喧嘩してもいいと思う。

喧嘩してお互いが理解しあうことがないと、いつかは疲れる。


自分だけが言い放つ喧嘩はあまりしたくないよな。

相手に嫌な思いだけ与えて自分はすっきりってのは若いときだけだなw


喧嘩しても、お互いが納得して相手を認めて解決したいって思う。

 





まぁ俺も昔、よく喧嘩したから色々考えて習得したんだろうなモグラ