ケ・セラ・セラ なるようになる
先日、日暮里で演奏会があった時、丸山惠市さん(バラライカ)と山辺正敏さん(ギター)の二人が演奏されました「ケ・セラ・セラ」が頭から離れません。
原曲はヒッチコック監督の「知りすぎていた男」の主題歌だった。
スペイン語でなるようになるわ 先のことなどわからない。
この世で起きることはすべて定めがあって、未来がどうなるかは誰にもわからない。いくら気にしたところで、なるようにしかならないのだから、くよくよしないで前向きに生きようという考え方はいかにもラテン気質らしい。
「なるようになる」という言葉は
①「じたばたしても運命は変えようがない」という意味と思っていたが、
②「運命は決まっておらず、どうにでも変えられる」という意味にもとれる。
つまり、運命だとあきらめるのではなく、先の事はわからないけど硬い意志と努力によってその運 命を切り拓いていけるはずだと勇気づけてくれているのかもしれない。
未来に対する運命論的な考え方と、楽観的な考え方の両方が含まれている。
それをどう受け取り、自分の人生にどう生かすかは、その人次第と言う事だろう。
皆さんはどう思いますか?
①だと思いますか②だと思いますか?