10月10日から達成賞ウォーキングが始まりました。
キックオフ ウォーキングに選んだのは、茂木町です。茂木町は栃木県の南東部、茨城県と接した県境の町です。
逆川(那珂川の支流です)の両岸に広がる街を、一度歩いてみたいと思っていました。

車を停めたのは、道の駅もてぎです。
人気が高い道の駅ですが、まだ8時過ぎですから閑散としたものです。
人気が高い道の駅ですが、まだ8時過ぎですから閑散としたものです。

よく整備された遊歩道脇には、水車らしきものが。
高い位置から水を流す樋がありません。どうして回すのでしょうね。

遊歩道脇にある洒落たお店は、猫の雑貨屋さんでした。

逆川沿いの遊歩道を進みます。遊歩道脇にモニュメントがありました。
1986年8月の集中豪雨で逆川が氾濫。1夜にして町が水没したそうです。
こんなモニュメントが、3ヶ所にありました。大洪水の記憶を、後世に残こそうとしているのでしょう。
1986年8月の集中豪雨で逆川が氾濫。1夜にして町が水没したそうです。
こんなモニュメントが、3ヶ所にありました。大洪水の記憶を、後世に残こそうとしているのでしょう。

逆川は、しっかりした護岸になっています。川沿いをどんどん進みます。

逆川には、20本近くの橋が架かっています。高い橋塔をもつつきのき橋は、復興事業の
シンボルのようです。土手には、使われなくなったライトアップ灯もありました。
大洪水のあった1986年は、バブル期前夜の好景気の時代です。
復興事業も手厚かったのでしょう。メインテナンスが必要なこれからが、大変そうです。
大洪水のあった1986年は、バブル期前夜の好景気の時代です。
復興事業も手厚かったのでしょう。メインテナンスが必要なこれからが、大変そうです。

逆川橋で折り返し対岸を辿り、城山公園を目指します。城山には、茂木氏の居城がありました。
本丸跡から眺めると、かなりの規模の山城だったことが偲ばれます。
本丸跡から眺めると、かなりの規模の山城だったことが偲ばれます。

木造三層の頑丈な櫓がありました。「姫の望楼」だそうです。
徳川の時代に入ると、茂木氏は秋田に転封になりました。茂木領を拝した細川氏は茂木城を
廃城とし、盆地に本陣を築きました。夏になると、城下では祇園祭りが行われます。
病弱で秋田に移ることができなかった茂木氏の姫が、蛇に姿を変えて櫓から楽しげな城下の
病弱で秋田に移ることができなかった茂木氏の姫が、蛇に姿を変えて櫓から楽しげな城下の
様子を見ていたとの伝説があります。
と、望楼の説明板に書かれていました。
と、望楼の説明板に書かれていました。

際上層へは、こんな梯子です。今どきの姫には、厳しそうです。
際上層からの南西方面です。逆川の両岸に開けた町であることが、よく分ります。

城山を下り、向かったのが真岡鉄道の終着の茂木駅です。
火曜日の昼前、駅前は閑散としていました。
火曜日の昼前、駅前は閑散としていました。

駅舎の2階バルコニーからです。駅の正面に転車台があります。
真岡鉄道では、土日祝日に茨城県の下館からSLが運行されます。
転車台は、SLのためのものでしょう。1度、転車作業を見たいものです。
真岡鉄道では、土日祝日に茨城県の下館からSLが運行されます。
転車台は、SLのためのものでしょう。1度、転車作業を見たいものです。

こんなメルヘンチックな車両が走っています。道の駅に戻ると、11時を回っていました。コースが面白いと、短く感じます。
この日(10日)のウオーキングは、1万3千歩(約9km)ほど。戻ってからの落花生の収穫と
この日(10日)のウオーキングは、1万3千歩(約9km)ほど。戻ってからの落花生の収穫と
合せると、1万6千歩になっていました。ここ3日間での合計は、4万3千歩です。
「100日で100万歩もいけるじゃん!」なんて思ってしまったのですが、どうでしょうね。
「100日で100万歩もいけるじゃん!」なんて思ってしまったのですが、どうでしょうね。
甘いかもです。