慣れの恐怖とは恐ろしいもので・・・
その日、私は1日中家にいた。雨が降っていたからだった。とても強い雨で今日一日止みそうにない。雨の日は基本的に外出はしないというのが自分の性分だった。
何をするでもなく過ごしていたら昼食を食べてないことに気付いた。そこで階段をのぼりながら昼食を何にしようか悩んでいるとインターホンが鳴った。それがすべての始まりだった。
また変な勧誘か新聞の集金か、そう思いながら2階にある受話器の方へ進み応答した。
『はい』と私。
「お届け物があります」と相手。
家に届け物が来るのはそうめずらしいことじゃない。しかし変だと思った。父親も母親も今日荷物が届くなんて言ってない。自分も身に覚えがない。そこで訊く。
『え~っと、誰宛ですか?』
宅配人の言った名前は自分の名前だった。
なんか頼んだっけ?? そう思いながらも階段を下り玄関へと進む。自分の部屋からハンコを取ってドアを開ける。
インターホンから玄関までは5メートルほどある。宅配人はまだインターホンの前にいた。ドアの音に気付くとあわててこちらに駆け寄ってきた。 依然として雨は強かった。
珍しいこともあるものだ、宅配人を見てそう思った。宅配人は自分と年の変わらない女の人だった。女性の宅配人は初めて見た。しかし宅配人の女性の様子が少し変だった。すぐにでも「申し訳ございません」と言いそうな雰囲気だった。
予想的中。宅配人の女性は開口一番こう言った。
「申し訳ございません」
一言一句正確に当たった。
『はい?』と私。
その女性はうつむき加減で話し始めた。
その人の言ったことを要約するとこのようになる。
「今日はとても雨が強いので配達物が濡れてしまいました・・・」
たしかに雨は強いが、このぐらいの雨の日に配達された荷物で今まで自分宛のものが濡れていることはなかった。不思議に思いながらもふと女性の胸元をみると、[研修中]と書いてあった。
あぁ~なるほど、納得した。つまり配達には慣れてなくてそれで濡れてしまったのだろう。
「あの、中身まで雨で濡れていたらお取り換えいたしますのでここで開封して確認してもらえないでしょうか?」
そう言われて渡された封筒は確かにびしょ濡れだった。
何気なく配達元を見た。それですべてを思い出した。これは確かに自分が頼んだものだった。某有名通販サイトで自分が頼んだものだったのだ。最近では頻繁に活用していた。そこでまた思い出す、自分が何を頼んだのかを。
!!『ら○☆すた 7巻』!!
マンガの新刊だ。
すっかり忘れていた。今日届く手筈だったのか・・・、失念。
宅配人は私の表情をどのようにとらえたのかわからないが、この上なく申し訳なさそうな顔をしている。
そこで思った。ここで開封すれば本を彼女にも見せることになってしまう。どうしよう・・・。
宅配人がただのおっさんかおばさんだったらまだしも、なまじ若い子だから困る。これが可愛くなければいいのだが、こういう時に限って中途半端に可愛いという始末。こんなにも女の子が『可愛くなければいいのに』と思ったことはない。
ここで取りうる手段は3つある。
まず1つは、開封して
『あぁ、これ弟の言ってたやつだ!なんだ、今日届くことになってたのか(棒読み)。』と言って家族のせいにしてしまう(弟などいないが・・・)
2つ目は、開封して
開き直る。しかしこれはなんか魂的に何かに負けた気がする。自分の中に一般人としてのプライドがまだあったのだ。
3つ目は、開封しないで
『大丈夫です。たぶん濡れてないですから』と言って宅配人が帰った後、開封して本が濡れていてものすごいショックを受けるが、プライドは守ったと自分を誇ること。
どれも取りがたいと思って宅配人の方を見ると、泣きそうな勢いでうつむいている。どうしようかなと思っていると、予期せぬことが起こった。
宅配人の女性が配達物を私から取り上げたのだ。びっくりしすぎて声も出なかった。すると彼女はすぐに頭を下げ「すいませんでした」と言った。 『???』
頭を下げている宅配人の手を見るとそこには配達伝票(らしきもの)が握られていた。
「このお届け物はお隣に配達するものでした。」
『へ?』
どうやらこの子が配達先を間違えていたらしいのだ。自分から開封してみてくださいと言ったものだから私がいつ開封するかわからなかったのだろう。だからあわてて配達物を私から取り上げたのだ。でも、そんな古典的なミスするなよ、と心の中で呟いた。
彼女はさらにもう一度頭を下げ、隣の家に向かっていった。その後ろ姿を見ながら思った。あぁ、俺がさっきまで考えていたことはなんだったんだ・・・あの葛藤は・・・学校の試験問題より真剣に悩んだのに・・・・
翌日 昨日の雨がうそのように快晴だった。そして荷物が届いた。さっそく封を切り本を確かめた。当たり前だがその本は濡れてなかった。
そして最後に思った、通販は自重しようと。少なくとも自分がいつ何を頼んだかを忘れるようなことはないようにしようと自分に誓った。
