大妻コタカの生家の紹介


大妻コタカの生家は甲山町(現:世羅町)の伊尾地区にありましたが、同地区に三川ダムが建設されたため水没することになりました。
このためダムの人造湖「神農湖」湖畔に移築され保存されました。


参考資料
大妻 コタカ
大妻 コタカ(おおつま コタカ、1884年6月21日 - 1970年1月3日)は、女子教育界草分け、大妻学院(現・大妻中学校・高等学校、大妻女子大学)創立者。
広島県世羅郡世羅町出身で旧姓・熊田です。


久恵記念碑(碑文)
  広島県知事 竹下虎之助
此所久恵の里は昔時平家の落人来りて住し里となりと云う
昭和初期民家僅に十二戸なるも太平洋戦争後食料事情の悪化により帰郷する者ありて水没時には二十一戸を数えるに至る耕地面積約12町
山峡の里は山紫水明の幽渓にして萬年寺遺跡 平家城址 船岩坐禅石 風穴等の奇観随所に在り四時閑静にして将に桃源の里たり
亦人情極めて豊潤にして相互扶助の念厚く同一家族の感あり
戦後時代の要請に依り国はこの里にダム建設を計画し昭和二十四年着手
住民は住み慣れし墳墓の地を失いうことに悲涙慷慨するも趨勢如何とも為し難しく昭和三十五年三月末を以てこの地を離散するに至る
茲に久恵集落の住持を偲び祖先の鎮魂と離散住民の幸福を希って記念碑を建立し世帯名を刻み永くその名を止める
昭和六十二年八月建之


中国新聞社の記事紹介
平成26年1月7日分
生誕130年地元世羅で顕彰
教え子ら、式典や生家ツアー


平成26年11月4日分
コタカ生家で真心料理