スポーツをやってる人は、なぜそのスポーツをやってるのか自分で理解しているでしょうか?
例えばアメリカンフットボール。
アメフトにも当然、ルールがあります。
つまり、アメフトというスポーツをやっている人は、世界共通のアメフトルールを学び、全員がそのルールの中で日ごろの技を競い合う、これが試合という事になります。
※試合とは「試し合い」です
なぜ、自分がアメフトというスポーツを楽しむ事が出来ているのか?
それは、相手(敵チーム・ライバル)がいるからですよね?
もしも世界中で、日大だけがアメフトという競技をやっていたとしたら、それって他の人が見たら、なんだかヘンテコリンな修行にしか見えないわけですよ。
つまり、相手チームがいなければ、自分はアメフトという競技や試合を楽しむ事はできないのです。
広義の解釈をすれば、世界中のアメフトをやっている人は、敵チーム(ライバル)も観客も、全く同じルールの中で競技を楽しむ”仲間”なのです。
日大の”元監督”内田氏は、その事を全く理解していない指導者だと言えます。
勝てば何をやっても、選手に何をやらせてもいいんだ、そういう考えなんでしょう。
だったら、アメリカンフットボールという競技の名前を口にしないでほしい。
相手にケガを負わせるための手段として、アメフトという場を利用しているだけ。
全く同じルール、同じ目的で日々鍛錬を積んでいる相手に対し、全く尊敬とか敬意とか、そういうものを感じないんです。
自分がそのスポーツが出来るのは、全く同じルールの中で練習を積んできた相手がいるから。
だからあなたがそのスポーツを楽しむことが出来るし、時には試し合い(試合)が出来るのです。
正直、私も剣道・ボクシング・卓球・野球・少林寺拳法と様々な競技を習ってきましたが、内田氏のように「勝つためには相手にケガを負わせても構わん。」なんて言う指導者は一人もいませんでした。
※指導者は競技の指導だけでなく人の指導もできなければ失格
「みんな同じ競技を楽しむ仲間同士が、毎日の練習の成果を見せ合うのが交流戦。ルールを守らないのならそれはスポーツとはいえん、お前がやってるのはケンカだ。相手をケガさせても勝てばいいと思っているなら、二度と防具を付けるな、竹刀にも触るな、道場にも入るな。」
中学生の時、私が習っていた道場で、その道場の代表選手になるほど実力があって強かった先輩選手に、指導者先生がそう言ったのを覚えています。
その先輩は1本取られて後がなくなると、接近したついでに相手のヒザやスネを蹴ったり、わざと防具の弱い所を狙って(耳のところとか)打ち込む人で、それが露骨だったために協会から道場に注意勧告されていました。
そして、その先輩の卑劣な戦い方を私たち後輩は見ていたので、
「あんな事して勝ってうれしいのかな?」
なんて陰口をたたいていましたけどね。
※世の中には、一般常識とはズレた人も確かに存在します
しかし、そのズレた人が上司だったり指導者だったりした場合、その人の元で日々仕事したりスポーツの練習したりしている人にとっては悲劇でしかありません。
内田氏は、「やらなきゃ今後はお前を選手として使ってやらん」という
パワハラを宮川選手に強いた悪質な人物
であると断言できます。
※今回の日大アメフトのタックル問題は、氷山の一角かもしれません
この事件をきっかけに、スポーツってなんだろう、なぜ自分はそのスポーツをやってるんだろう、ライバルってなんだろう、そういう事を一度立ち止まってしっかりと考えてみてほしいです。
そして、「スポーツを楽しむ」事ができるのは、
同じルールの元で切磋琢磨しているライバル(相手チーム)の存在があってこそなんだ
という事を今一度理解してほしいものです。
競技する人はもちろん、応援するファンも同じです。
相手チームがあってこそ自チームが存在できる、それは選手もファンも同じ
その事を忘れ、ただひたすら勝利だけしか見ようとしなければ、第二第三の内田氏のような指導者が、日本中に現れる事になるだけです。
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