お金をもらっていない行動は尊いという人がいる。一方で、お金をわたさずに行動してもらうことは「いけない」と考えている人もいる。自分のためなのか他人のためなのか、それとも両方のためなのか、どちらにせよ、お金に縛られている気がするのだが、それが現代人なのだと私は思っている。

 

お金のことばかりブログに書いているね、と言われたことがある。お金のことばかり口にしているね、と言われたこともよくある。お金のことばかり口にする男である私をみて、お前さんはお金に汚いのだなと言う人がいる人もまたお金に縛られている。いいじゃないか、ほっといてくれ。お金がとても気になる存在なのだ。(なんて、婉曲な言い方でしょう!)

 

お金というものがすっぽり抜けている人がいる。例えば親がお金持ちでなに不自由なく育った人とか。魅力的だ。でも、価値観が違いすぎる。このひとは頭のネジが飛んでいるんではないかと思ったが、お金に縛られている私の方に無駄にネジが刺さっているのかもしれないと思い直す。やはり、魅力的だ。魅力的なもの近づけば破綻することは目にみえているからだ。とってとても真新しい人だ!新人類だ!とさえ思ったが、そんな人と人間関係がうまくいくはずもない。

 

お金に縛られている人でないと、うまく人間関係性が築けない。かくして、お金のやりとりで作られた人間関係の方が、ここちよいさえ言い切ったほうがよくなる…などと言うとリアリストだとか情がないとか言われてだいたい不利益を被るので硬い表情をして日々を過ごしている。

 

お金に縛られないためには、お金をたくさん所有している必要がある。だから、そのために短期間でお金を得るために全力を尽くす。その結果、お金を失うばかりか信用や勇気まで失う人がいる。

 

そしてまた、全然タイトルと違う記事を書いて終わった。