若い頃、誰かをスゴいと思うたびに、物悲しかった。

羨ましくて、情けなくて、でも仰がずにはいられない。

あの頃はまだ、他人という鏡に自分を映していたんだと思う。

だけど、だんだんわかってくる。
人は案外、スゴくなんかない。
眩しく見える人ほど、裏側で崩れてたりする。
「人間ってこんなもんだな」
そう思った瞬間、少し楽になった。
期待も、競争も、無意味になったんだ。

人を測るメモリが壊れると、代わりに温度を感じるようになる。
足りないまま頑張ってる姿が、愛おしい。
そう思えるようになったとき、共存の意味がわかった気がしたんだ。
共感って、心を重ねることだろ?
共存は、心を離したまま受け入れることなんだ。
君は君のままでいい。
僕は僕のままでいい。
そして、同じ地を踏んでいる。

妬みの底に、愛があった。
妬みは相手を傷つける棘みたいだね。
でも妬むほど、心が動いてたんだ。
誰かの光に反応して、自分の中の何かが疼いていた。
つまり、生きていた。

これは、見え方が変わった話なんだ。
共存とは、同じ空気を吸うこと。
わかり合えなくても構わない。
それでも一緒に世界を生きているという事実。
それだけで、もう充分だと思う。
僕らは一人で立っている。
でも、根のもっと下で、ひとつなんだ。